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2006年9月29日 (金)

男と女

夫を立てると 果報は女にくる。

夫婦は命がけでお互い築きあわねばならない 夫婦愛はあるのではない、生み出すもの つくりだすもの そこに導く喜びがある。男女関係が乱れると世が乱れる 神界の乱れイロから                        天国の礎 足の地場は夫婦から 夫婦の道は神示の道 和 妻にまかせきった夫 夫にまかせきった妻 信仰の真の道ひらける 一皮むけるぞ  

男が上 女が下 これが正しき和 さかさまならん これが公平

以前この話を女性にしたら、カミつかれたことがある。女が下というのが気に入らなかったらしい。普通の上下関係という意味でとらえると確かにムカツクだろう。上が上等で下が下等という意味ではない・・・陰と陽で考えたほうがいいのかもしれない・・・陰が悪くて陽がいいという話ではないのと同じ。

片方だけではどうにもならない。和合しないことには・・・ただ夫を立てると果報は女にくるのだから、上だの下だのこだわらずに立てたらいいのとチャウ

うちのカミさんもなかなか立ててはくれない~したがって果報がきているようには見えない。といってカミさんを責めているわけではない。責められるような立場にはない・・・果報を求めるなら立てたほうがいいのではと思っただけ・・・。                                                     

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2006年9月28日 (木)

自己

自己は自己一人ではなく、タテにもヨコにも無限につながっているのであるから その調和をはからねばならん・・・日月神示より

公のために働くことが己のために働くこと、大の動きなす為に少の動きを為し 少の動きなす為に個の動きなすのであるぞ。

孤独、不運は孤独から 友をつくれ 友をつくることは 己をつくること                             一人ではマコトの道を生きてはいかれんぞ 友とは人だけではない 山も川も 動物も植物も 大地も空も みな友 みな己 皆々己となれば 己なくなるぞ

己なくなれば 永遠に生命する 無限の己となる

自己と自己を和合せよ 

肉体の自己と魂の自己との和合できたら もう一段奥の魂と和合せよ 自然悉く自己 その自己できたら天を自己とせよ 

天を自己にするには ムにすることぞ。0に化すことぞ。霊界と現界と組みて新しき限界とすること         人は横の自己 神はタテの自己 自己を見極めねばならん。

一切を受け入れ 一切に向って感謝しなければならん。

己を生かすために他を殺すのもいかん 己殺して他を生かすのもいかん 大の虫を生かすために小の虫を殺すことはやむを得ない~それもいかん すべてを殺さずに皆が栄える道がある

自己のなかの自己を洗濯すること。 内にあるものを浄化すれば外から近づくものが変わってくる道理       

三千年に一度の時がめぐりきているぞ

昨日の自己であってはならん 今の自己 中今のわれに生きねばならん 自己の役に不足申すくせ              根の根からの改心けっこう 手は手の役 足は足 頭は頭 それぞれに結構ぞ 上下貴賎ないこと 早く得心してくだされよ 自己の力を人に見せようとしているが 無邪気なもの 自己のちからが隠せぬようでは 頭にたつこともできんぞ

まだまだ続くのであるが、ちょっと長くなるのでこのあたりで割愛するが、ここまででも充分ガツンときたのではないか?団塊おやじは反省することしきりで、たびたび日月神示を読み返しては改心をこころがけようとしている・・・・ばってん根の根からの改心はちっとやそっとでは・・・

口先ばかりで・・・心と行がなかなか伴わない~己自身のいくさが終わっていない

マコトの者 千人にひとりざぞ と言われている 死ぬまで追い求めればそこらあたりまでは行けるかもなー。 

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2006年9月27日 (水)

パワーかフォースか

著者はデビッド・R・ホーキング博士、アメリカの精神科医で訳者はエハンデラヴィと奥さんの愛知ソニア・・・久々読み応えのある本だった。

キネシオロジーテストというOリングテストに似たような手法で、人間のレベル他、世の中の事象、物質などあらゆるものの価値を測定してしまう。誰がやっても、いつやっても同じ答えがでる・・・つまり科学的な側面も持っている。

人の意識を1~1000までに分類し、200以下をフォース、200以上をパワーと表現する・・・パワーの代表選手がキリスト、釈迦、ガンジー、マザーテレサ、ネルソン・マンデラ、レオナルド・ダ・ヴィンチといったところで、フォースはヒットラー、ブッシュついでに小泉・安倍も入れておこう。

人類の85%は200以下、つまりフォースの領域にあるという。かつ一生涯かけても5ポイントくらいしかアップしない・・・博士の言う意識のマップによると、最低の意識レベルは恥でレベル値は20、そして罪悪感30、無感動50、深い悲しみ75、恐怖100、欲望125、怒り150、プライド175、そして分岐点の200の意識レベルは勇気である。逆に最高の1000は悟り、500は愛であり、パワー領域の意識は他に平和・喜び・理性・受容・意欲・中立といった意識がある。

今現在フォースの領域にあるなと感じたならば、まずは200を目指そう。そこから先はパワーの世界・・・次に目指すのは500・・・といってもここまで来れるのは並大抵ではない。500がひとつの大きなハードルになっているそうだ。かのアインシュタインでも499、キリスト教も十字軍、宗教裁判などを経て最初1000ノレベルがあったのにいまでは500を切っているとのこと。

ただし、この本を熟読し完全に理解できたなら一挙に35ポイント上がるということだし、あくまで5ポイントというのは平均値なので、劇的にエゴを消し去り覚醒するような出来事に遭遇するような人は500に到達することもあるかもしれない・・・アセンションを語るならば死ぬまでに500を超えきらないと無理ってことかな?

今日は、娘が早産の恐れありってことで孫娘の面倒を見に家に帰らねばならないので、話はこのへんでぶっちぎらないといけない・・・興味のある人はぜひこの本を読んでみて!。

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2006年9月26日 (火)

ずっと見張っていなさい

久しぶりにエホバの証人が・・・置いていった冊子のタイトルが「ずっと見張っていなさい」

「ずっと見張っていなさい。あなた方は、その日もその時刻も知らないからです」・・・マタイ25:13

終わりはいつくるのか?イエスキリストは、「事物の体制の終結は」は戦争、食糧不足、疫病、地震などによって見分けられる。・・・マタイ24:1-8、ルカ21:10・11

戦争:20世紀の戦争で一億人が死んだ。                                              食糧不足:世界全体で、常時8億人が空腹のまま就寝                                   疫病:第一次世界大戦直後のスペイン風邪で2100万人死亡                                地震:毎年様々な強度の地震が幾万回も起こっている

と見てくると終わりの日は近いと言わざるをえない。ただし、人類の終わりでも、地球の終わりでもなくこれは、暴力的で愛のない事物の体制側にいる人達の終わりである。

現在の邪悪な事物の体制の終わりであるならば、早く来て欲しい。

自分は終わらないか?                                                       自分を愛する者                                                           金を愛する者                                                             うぬぼれる者、ごう慢な者、冒涜する者、親に感謝しない者、忠節でない者、自然の情愛を持たない者、容易に合意しない者、中傷する者、自制心のない者、粗暴な者、善良さを愛さない者、裏切る者、片意地な者、誇りのために思いあがる者、神を愛するより快楽を愛する者、敬虔な専心という形をとりながらその力において実質のない者

こうした人々は終わりの日には対処しにくい危機の時代が来る。・・・テモテ第二3:1-5

極端に自分を愛し、お金を愛し、自己主張が強く、感謝の気持ちに欠け、容易に合意せず、忠節でないそこのアナタ・・・・悔い改めよ。

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2006年9月25日 (月)

雑感この頃

ここのところ、相棒に店を頼んで外に出ることが多かった。

9月22日・・・友人がやっている「出前・詩を食べる店」4回目を、知り合いの天然酵母パンの店でやるというので行ってきた。食べ物を食べるように詩を食べてくれと本人は力むが、なかなか食べてくれる人は少なく、この日もパン屋の主人を含めて4人。体に栄養だけでなく心にも栄養が必要だと~言わんとすることは解る。but当方も栄養になったかどうか?さだかではないので人にもすすめられないでいる。本人もメゲかけ。

9月23日・・・友人とともに、「ことあか農園」へ~秋晴れのなか、鍬をふるう。落ちていた栗を少し失敬し、プチ汗流しに近くの薬王寺温泉へ~露天あり、サウナあり、薬湯ありで700円。薬湯は長く入っていると玉袋がヒリヒリしてくるので要注意!風呂からあがって当然のごとく生ビールでプハー~TVを見ていたらナントおばちゃんがアマランサスせんべいをつくっているじゃないすか~自分でもつくってみたーい!

9月24日・・・別の友人が、岩盤浴をこれからやるってことで市場調査につきあう。前回は汗のでないタイプだったが、今回は汗の出るタイプ~80分1600円のコースをえらび服を着替えて浴室へ~15分入っては休憩をはさみこれを4回繰り返す。水を補給しつつ寝転がるだけだが、けっこう汗が噴出す~室温45℃前後、岩盤から出る遠赤外線・マイナスイオンが体を癒してくれるのだ~シャワーを浴びて出てくるとお茶にお菓子が出てきた。前回同様、ここも受け付けにはカワイイおねえ様が~岩盤浴にかわいいおねえ様ってのが定番なのかー。

てな具合の3日間で若干仕事手抜き気味だったが、天気も良かったしたまにはイイよね。

畑・・・自給自足体制に早く持っていきたい。                                          温泉・・・野良仕事・温泉・ビールは農ある暮らしの定番                                    アマランサスせんべい・・・アマランサスうどんとともに早くつくってみたい                          岩盤浴・・・癒し・かわいいおねえ様はワンセットか?それでも700円の玉袋ひりひりコースのほうが団塊おやじ向き。

愉しかった3日間、今日は仕入れ代金の支払日。お金が足らずに溜息がフッ。

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2006年9月23日 (土)

「つぶつぶ」04号に嬉しい特集記事が載っていた。

酒は「百薬の長」とは言われているが、なんとなく健康を害するというイメージがある。・・・が、この特集によると、適量の酒は、

○健康増進効果・・・体の働きを高める(生理活性効果)、細胞の酸化を防いで健康な細胞の再生を促す(抗酸化作用)、腸内環境を良くする、副交感神経を刺激しストレスから身を守る                              ○ガンや病原菌を殺す・・・人のガン細胞に純米酒を垂らすと90%以上が、変形または死亡したという薬用効果が証明されている他、血圧を下げる・糖尿病を改善する・便秘が治る・血糖値が下がる・肝機能の正常化・アトピー性皮膚炎の改善・若返りの効用など                                           ○魂を解き放す・・・自然や神との一体感を呼び覚ます。天の岩戸開きもギリシャ神話にも神々の集いに酒はつきもの

とは言っても、普通に出回っている添加物入りの酒では、上記のような効用は望めない。

体に良い酒とは、                                                          ①無農薬の材料を使っている                                                     ②伝統製法でじっくり発酵熟成                                                     ③アルコールや添加物を加えていない                                               ④穀物を削り過ぎない                                                        ⑤ミネラルを含んだ天然水仕込み

ということで、上記の条件を満たした酒となると、現実的にはどこの居酒屋にもあるわけではないし、価格的問題もありなかなかカンタンではないかもしれないので、やはりイイ酒を適量飲むことを意識しないと、酒はやっぱり体に悪いってことになってしまう・・・

最近は、焼酎を飲むことが多いが、一番好きなのは?って聞かれると・・・それは「どぶろく」です。        

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2006年9月22日 (金)

雑穀農家

ようやく一人めぐり合えた。近隣で雑穀を栽培しているプロの農家はいるようでいない。

そのかたも、脱サラして農業を始めて今年で4年目。結果的に自給プラス若干きんじょの欲しい人に配っている程度で、プロの専業農家ですと胸張って言える状況ではないとおっしゃっていた。

雑穀は、もちきび、たかきび、もちあわ、ひえの4種類栽培していて、初年度は10キロ収穫できたが、今年は天候の加減で全滅だった・・・少々メゲテいて来年はどうしようかなと思っていたところだったとのこと。

他にも、虫や鳥の害も覚悟しなければいけないし、収獲後の調整も手間がかかるし、東北のような雑穀しかできにくい地方ならいざしらず、なんでもできる九州でわざわざ手間のかかる雑穀をやる農家がいないのもわかるような気がする。

そのかたは、週に2回アルバイトをし、他にも若干収入源があるそうなので、しゃかりきになって農業で稼がねば生きていけないってほどの状況ではないので、雑穀に取り組めているのかもしれない。

今日、近くにそのかたの畑があるというので、さっき見学をさせてもらったところだが、雑穀畑は別の場所でやっていて、今回見せてもらったのは野菜畑だった。一部は自然農で殆どは有機栽培でつくっている。人参・白菜・キャベツ・さつまいも・落花生・おくら・ピーマン・小豆・里芋・ごぼう、それに陸稲も少々自給ベースの量だけど、ありとあらゆるものをつくっており、野菜に関してはほぼ自給できている状態・・・収入に関してはきびしいものがあるだろうが、チャントしかも有機無農薬のてづくりの野菜を自給できている・・・・当面目指すべき理想形が、すでに確立されていた。

こんなカンジでやっているかたは、初めて会っても多言を要しない・・・バックボーンが想定できるから、こちらもすんなり本質に沿った話ができる。

てなわけで、ようやく雑穀生産者との接点ができたので、これから雑穀研究会の中身を決めてボチボチお誘いの準備にかかろうかなって思っているところ・・・。

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2006年9月21日 (木)

居住環境

アセンションするためには、居住環境が大きなウエイトを占める・・・・by小松英聖

都会的な甘い生活から離れ、自然に近づき自然のリズムのなかで生活すること。晴耕雨読がよい、過疎地の土地付きの家屋を借りるのもよい~生活費はごく僅かでOK。食事の基本は玄米食。

仕事はフリーターもしくは、個人でやれる仕事がオススメ。所属は拘束・・・完全なフリーハンドを維持することが飛び立つ為に必要。これからはアセンションだけを人生の目的とするべきで、それ以外は手段orプロセス。

人とのつながりを考えれば、コミュニティ。アセンションを目指す仲間が集まる場、ステップのひとつとして「クラインガルテン」=滞在型都市農園がオススメ。そこを、自然農の拠点にすること。

不耕起・無肥料・無農薬

自然農は自然界のすべての生き物との共生を基本としており、自然に対する姿勢がアセンションの理念と共通している。したがって何の理屈もいらずそのままアセンションの実践になる。

あなたに関係するすべての状況の主役はあなた。無数の可能性のなかであなたにとってもっとも望ましいものを自由に選択できる立場にいる。行動することを重々しく考えず、とりあえず単身赴任、○○出張というカンジで軽々と旅立つのがよい。

以前から、団塊おやじは雑穀、雑穀と言っているがまだなんの行動も起こしていない・・・・行動が重たいのだ。先日このブログに書きこんでいただいた横浜の人は、走りながら考えりゃイイってことで、今年の初夏に種を蒔いて、つい先頃収獲をしたとのこと・・・軽やかなのだ・・・もともと軽い性格だったのに今は重たくなっている・・・多分借金の呪縛が原因、借金を気にしないということと、失敗をしてもヨカという腹の括りが必要なのか?そう考えるとカミさんの顔がちらつく・・・カミさんも呪縛のひとつなのか。

しばらくは堂々めぐりを楽しむしかない。

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2006年9月20日 (水)

小児白血病

うちのお店のお得意さんが、買ったばかりのニンテンドウDSを売りに見えたので、「もう遊ばないのですか?」って聞いたら「子供が白血病になったので・・・」とのこと、一瞬返すことばがなかった。

話を聞くと、おきまりのように九大病院に入院し、明日から抗がん剤治療が始まる・・・見た目は元気でピンピンしているようだが、先生曰く「あと2~3日遅かったら危なかった」と言われたそうだ。

まだ1歳半で、10000人に一人だと・・・最初は風邪かなと思った程度が調べていくうちに白血病ということが解り、父親であるそのお客さんはお金の工面や看病で大変。

自分も孫を、4年前、同じ九大病院で亡くしたこともありアドバイスのひとつも言ってあげたかったが、「いろいろな治療法があるので、インターネットで良く調べられたほうがイイですよ」くらいしか言えなかった。

命にかかわる話は軽々しく語れない。自分が責任取れるくらい絶対的な自信がない限り・・・。それでも身近に、この人に相談したらって言える人がいたらいいのにって思うが、そういう人もなかなかいない。そうなれば、やはり本人に必死で勉強してもらうしかない・・・

とはいうものの、さっきチョット白血病のサイトを調べてみたけれど、ありきたりの情報が殆どで本人もパニック状態だろうし、どの程度有効な情報をキャッチできるか、心配ではある。

難しいなー。

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2006年9月19日 (火)

体力・気力の育て方

なんかの本に書いてあった。病気も不安も寄せつけない「健康法」、体力と気力はこう育てる・・・

①興味を持てる仕事をする。積極的に有意義なことをする。                                   ②質素な食生活をする。暴飲・暴食をしない。                                           ③早寝・早起き                                                           ④歩く運動をかかさない                                                     ⑤人を愛する。憎まない、不安を抱かない                                                ⑥罪悪感の犠牲にならない                                                     ⑦心をいつも健全に保つようにする                                                 ⑧自分の力を超えた何かが自分を守ってくれると信じて、いつも心を穏やかに保つ努力をする                                             ⑨自分の健康な姿を想像し、そうなりたいと望む                                       ⑩心をとぎすます努力をすることによって内なる力を引き出す          

ってことなんだが、どれだけあてはまっているかな?殆どできてないなー。特に②の暴飲暴食はひどい、関連して早寝ができない、しかし犬の散歩は行かないとカミさんから起こられるので無理して早起きはする・・・結果睡眠不足多発。

しいていえば、④の歩く運動のかわりに毎日自転車通勤していることくらい                      こんな毎日だから、体力・気力が育つはずがない、病気も不安も寄せつける生活習慣となっているはずだ・・・

そのわりに、二日酔いのときは別として、けっこう自分としては体力・気力はあるように感じるのはナゼ?それはノー天気だから、それとも暴飲暴食のしかたが足りないのかも・・・なんてナメたことをいってるとガツンと・・・おっと不安を持っちゃいけないのだ。

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2006年9月18日 (月)

ルルドの水

聖水として名高い「ルルドの水」。この水を飲むことで不治の病が治るという奇跡の水。

それは稀にある奇跡の治癒例に過ぎない。しかし奇跡は起こる・・・・治った人に共通しているのは、皆精神的にも医学的にも行き付く所まで行った人たち ありとあらゆる試みを経験したが、どれも無駄だったという人達。

・・・彼らは「もう充分です、あきらめました。もう何も望みません」というところまで達している。病気が治るお膳立てができたように見えるのは、この自分を「無」にした状態。まるで、それまでの努力や苦しみが治癒力を妨げていたような感じ・・・

つまり、中途半端な状態で「ルルドの水」を飲んだところで奇跡は起こらないということか・・・こころを無にすればいいのだろう・・・どうすればこころを無にすることができるのだろう?

無になれない・・・邪魔をしているものがある。そりゃーナンだ・・・結局やるだけのことをやっていない、トコトンやっていない、まだ頭で考えている、行動していない・・・

行動できないのは何故だ?結果を恐れている、理屈が邪魔してる、いい訳してる、本気じゃない・・・。

とは言っても、飲まなきゃ奇跡もクソもない。まずは飲むっきゃないという段階まで、あらゆることをやるっきゃない。

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2006年9月17日 (日)

日本の危機

月刊誌「致知」10月号の特集で、「いまここにある日本の危機」を取り上げている。

渡部昇一&桜井よしこの対談から始まって、各界の有識者がそれぞれの持論を展開している。          共通して言えることは、精神性の崩壊、その背景にある教育問題を挙げている。日本人の伝統的な和の精神、道徳観などが、西欧的な個人主義、エゴの拡大により失われていったことにより内面的な崩壊を招いている・・・財政的な危機や少子化問題、環境問題、平和問題など様々な危機に直面しながら、新しい国家100年の計を打ち出すリーダーも不在だ。

城山三郎は「マスコミに流されるな」と言っている。マスコミはその責務を完全に忘れている・・・というか、間違った方向へ誘導しているのではないか。大企業に顔を向け、世界支配層の言いなりになり、クズみたいな番組を濫造し、国民を一億総劣化へと導いた。

しかし、「致知」に登場するようなリーダーは危機の本質を解っており、解決策も持っている。ところが、このような知性溢れる雑誌をどれだけの人が読んでいるかというと、ごく僅かというのが実態だろう。当方もつい最近知ったばかりだ。

日本人のDNAには、ちょっとやそっとでは闇の権力=世界支配層にひっくり返されないだけのものを内包している。表面的には愚民化したように見えてもどっこい大和魂は根強く生きているというのが、当方の見解・・・みんな気付いている・・・それが繋がっていない・・・それぞれがバラバラに動いている。

今はそれでもいいのだろう。固まるとやられるかもしれないし、時期到来までそれぞれがそれぞれのポジションで理念を掲げて地道にやっていれば・・・。

水面下でつながっていれば・・・。                                                        

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2006年9月16日 (土)

岩盤浴

友達が、これから岩盤浴の商売を始めるにあたりアチコチ見てまわっているので、一緒に付き合って欲しいってことで、いまさら岩盤浴?と思いつつ行った事がなかったし、昨晩に飲みすぎてへばってたこともあり、付き合うことにした。

そこは、「Annyのお気に入り」という雑貨店がやってるところで、スタッフは全員女性、しかも可愛い。料金は30分525円、60分840円で酸素吸入をつけると、1260円という設定・・・1260円のコースを頼み、汗の出ないスタイルの岩盤浴なので、タオルケットを一枚と脳からα波が出るというサプリメントと水を渡され、ベッドに寝転ぶと、香りのついた酸素が流れてきて・・・・静かな音楽と暗い照明のなか、うつらうつら・・・温度はさほど高くなく、それでも汗はかかないタイプと聞いていたが、ジワッと汗はかく。

60分経ったところで、先程の女性が起こしに来た・・・・ウーンなんとなく疲れもとれたようだ。浴後にジュースとアイスクリームを取りながら回りを見渡してみると、ここの経営者と王監督が一緒に写った写真だの、江本勝の本だの・・・ジュース類もそうだが、けっこう素材にこだわっているし、全体にセンスがいいのだ。

他の女性スタッフも粒ぞろいだし、友達と目を合わせ「なかなか、いいねーリラックスするなー」なんて言いながら外に出た・・・・その女性は外まで出てきてお見送り・・・ここまででも充分カンジのいいおもてなしに満足していたのに、車に乗り込み発車したら、ナント明るい笑顔で手を振っているではないか!

もうこれで、ノックアウト・・・「また、来ようねー」友達は、この低料金でこれだけのサービスされたらちょっと戦えないねーと脱帽。当方も長年、商売をしてきたけれど世の中のレベルがこんなに上がっているとは・・・リラクゼーションをウリにしているとはいえ、参りました・・・ホント癒されました。

井の中の蛙ではイカン・・・顧客満足というものをもっと真剣に考えないと。さっき帰ってきたばかりだけど、あの女性の笑顔がまだ脳裏に浮かんでる。

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2006年9月15日 (金)

アセンションコミュニティ

3次元の世界に生きながら、高次元の世界に移行しようとしてもひとりではなかなか難しい。

そんなとき、同じ志を持った者同士が集まるコミュニテイがあれば、一緒に進んでいける。日本のどこかにそういうところがあるのか無いのか知らないが、あったとしても遠いところであれば参加しにくい。

今、住んでいる近隣には見かけない・・・検討中の雑穀農園とアセンションとを結び付けて考えると自分としては非常にスッキリする。なにしろ今後の人生のメインテーマがアセンションだし、事業のメインテーマが雑穀だと決めたから・・・このふたつをドッキングできれば矛盾はなくなる。

そのなかに「経済民主主義的システム」と地域の「自給型循環システム」が乗っかればカンペキだ。これをカタチにすることができれば、いままでアッチふらふらコッチふらふらして迷走していたものの総集編ともいえるところに辿りつく。

○雑穀による地域自給率のUP                                                ○経済民主主義による格差社会の是正                                          ○アセンションによる覚醒と悟り

いままでとはちがう定義、ものさしが必要だろう。                                     本当の豊かさとは?成功とは?物質的なものから精神的・霊的なものへのシフト、すべての存在との共生、ちがいを認め合い多様性を受け入れるなどなど・・・

共通認識があることが、コミュニティ形成の大前提となろう・・・・ブッシュや小泉に話しても笑われるだけだ。もちろん会えるわけもないが・・・ともかく身の周りでひとりでもいいので仲間を見つけることが先決。見つからないのはまだ時期が至ってないということ。

丁度、いいタイミングで出会うと思う。

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2006年9月14日 (木)

幸運を呼びこむ

運とツキを呼び寄せ、願いが叶う人達とは  by森田峯生

○プラス発想で感謝している                                                  ○見返りを期待せず与え好き                                                      ○先祖を大事にする                                                          ○成功したいという思いを常時強く持っている

ここでいう「プラス発想」というのは、                                                       自分の価値観と、異なる意見を受け入れ他人と自分を容認して現状のエネルギー波動を固定しないで、動的調和の流れを円滑にする心の働きであるとし、                                              「感謝」とは、波長の同調共鳴から生じた対人・自己の波動共振部分の負の部分をカットし相手と自分が動的調和系の相乗効果を最大限に享受できる意志と意識の連動作用とある。

なにやら、解りにくい表現になっているが、なんとなくは解る。そして上記4項目は、普段意識的に心がけないと身につかないときて、                                                       大多数の人は、上記の精神状態になっていないので意図する意識状態の継続や、無意識状態が断続して出現する混在の状態としてあらわれてくる。                                              その場の事象に対処するための時間を費やしながら幸運を引き寄せることもなく日常生活がすぎていく。

・・・まさに、ここで言われている大多数の人達のなかにスッポリはまっている。意識しているときもあれば、意識していないときもある・・・つまり意識的に心がけるということが不足していたため、身についていないのだ。

意識を強く持っていないと、すぐに下流に流される。弱い自分がそこにいる~だから幸運を呼びこめない。対人関係においても、当方比較的だれとでも共振してしまう・・・ゆえに共振の負の部分をカットするということに関しても意識しておかないとドンドン相乗的に落ちてしまう。

もうひとつ、成功したいという思いも日常的に強く持っているかとなると、これも弱い・・・公のためになにがなんでもという思いが不足しているのだろう。低い次元の自我のおもむくままに・・・これでは、ちっともなんとも永久に成功はおぼつかない。

森田峯生さんの文にふれ、「意識を強く持つ」ということを再度意識させられた。                                                      

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2006年9月13日 (水)

賢治の学校

先日、自転車で帰宅途中「BOOK ECO」という看板が目に入ったので寄ってみたらBOOK OFFみたいな店だった。そこで「賢治の学校」を見つけたので速攻買うことにしたんだけれど、ナントたったの105円。他にもついでに「ラビバトラ奇跡の予言」「前世療法」「滅べ農民翔べ百将」計4冊買って364円・・・タダみたいな値段じゃん・・・「前世療法」だけまだ読んでないが他は全部読んだ。いつもウン千円も出して買ってハズすこともあるのに、今回は全部アタリ。新品で買うのがバカくさくなるとともに、1冊が缶ジュース以下で売られたりして著者に申し訳ないなーという気分にもなった。

さて宮沢賢治についてだが、知り合いの詩人が以前、自分の詩は宮沢賢治に似ているところがあると言ってたし、もうひとりの友達も賢治の詩が好きだなんて言ってたのでちょっと気になっていて読んでみたのだった。

賢治は超有名人だし、死後、本もバカ売れしている国民的作家なんだけど家が相当な金持ちで父親と反目していたとか、教師時代の生徒との関わり~内面的葛藤などなど・・・この本によって初めて知ることが多かった。

以前、「雨にもマケズ・・・」のことにふれ、団塊おやじはとても賢治のようには生きれないと書いたことがあるが、賢治もかなりモガキながら生きていた面もあったんだなーと思うと、距離がちょっぴり近くなった気がした。

そのあまりにもピュアーな精神は、その時代においても社会と折り合いをつけることは至難のことだったろう・・・反面、地球を宇宙を友とし語らい孤高の人生を生きた・・・賢治がこの21世紀に生きていたとしたら3日で発狂するのではなかろうか?

美しく、透明な賢治の心ではこの汚れきった世界を浄化するまえに自らが倒れる・・・ここは免疫力がありこの世ともソコソコ付き合える程度の殻をかぶった者達がタバになってかかるしかあるまい。心の深奥では皆、賢治の心とつながっていることを信じて・・・。

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2006年9月12日 (火)

ラグジュアリー

今イチバン悩んでいるのは、雑穀構想の最終形。

起業塾の塾長はこれを、「雑穀農園」と位置付け、中核にツリーテントでつくったカフェを置き、周囲には色々な種類の雑穀の段段畑があり、そばの花が咲いた時は花見をし収穫のときは挽いて粉にしてソバをつくり皆で食べるといったイメージだ。

問題はツリーテントだ。ボツアナのツリーテントでできたカフェの写真を見せながら「ステキでしょう、これは新しいラグジュアリー(ぜいたく)だ」って言われるんだけど、当方ラグジュアリーだのエレガントだのとマギャクにあるキャラだってことは、塾長先刻ご承知だって思っていたのに・・・

そりゃー、見よう見真似でそれらしいカフェは出来るかもしれない、しかしそんなのは三日と待たずに馬脚をあらわすにちがいない。塾長は「これは、ひとつの例だけどね」とも言われる・・・・確かにその写真を見れば、下品な当方としても、ゆったりとした至福のヒトトキをすごせそう、塾長が気に入るのもよく解る。

心地よい空間と、そこにいるスタッフが一致していてこそ、お客もラグジュアリーな雰囲気に浸れる・・・そこに団塊おやじがいたとしたらどうだ・・・自分で言うのもなんだがミスマッチもいいとこパラノイア状態だ。

そんなわけで、起業塾の最終講で塾長曰く「きょうは、あなたのことをずっと考えながら来た、この写真もあなたのために用意してきた」まで言われて、「塾長、そりゃーないっしょ!こっちの性格解ってるくせに」とは言えなかった。

それで、悩んでいる。折角の塾長の愛あるアドバイスをホッポカしてちがうことを考えることに・・・さりとて自分らしい雑穀構想のステキな最終形も不明確なまま・・・塾長をうならせるだけの自分らしい最終ビジョンを見出すしか塾長案を捨てるわけにはいかない。これも呪縛のひとつか・・・。

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2006年9月11日 (月)

呪縛

なにか新しいことをやろうとする時、呪縛(過去のとらわれているもの、もろもろ)を解き放たないと前にすすめない。殻を破るといってもいいか・・・・人は多かれ少なかれそれぞれ呪縛というものにがんじがらめになっているのだろう。

他人に対しては、あーこのかたは、上下関係にとらわれているなとか、名誉にどうとか見えるもんであるが、自分のこととなると案外解っていない。当方の場合、どうもお金という『呪縛に引っかかっているみたいだ。

以前から「清貧」で生きていこうだの、かと思うとやっぱり「清富」じゃないといけないなど、けっこうお金にこだわっている。今の仕事から抜けられないのも、借金を返してからじゃないと新しいことはできないという考えに縛られているし、お金がある程度ないとやはり新しいことは始められないといったふうに、「お金」がネックになることが多い。

キレイ事を言うのが好きなのも、どこか「お金儲け」=カッコ良くないというイメージに左右されているのだろう。お金を一段下に見る・・・だから「ホリエモン」なんか大嫌いだし、お金がすべてなんて言われると蹴っ飛ばしたくなる。・・・だけどなんで反応するんだろ?と考えてみるとやっぱり「お金」を意識している。

お金なんてといいながら、けっこうお金で引っかかる・・・ここを開放しないと次にいけないんだろうな。

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2006年9月10日 (日)

両手振り運動

船井幸雄さんオススメの両手振り運動って知ってますか?

船井さんは70才から始めて、視力が回復したり体が元気になったりするので毎日かかさずやっているそうだ。当方も目が悪いのでこれで良くなるのならと思って3日前からやりはじめたところ・・・なので伝えるほどの体験談があるわけじゃないのだが、

初日、始める前まで前日の酒がたたってか、体の水ハケが悪くなっていて朝から鼻水がタラタラ流れすこぶる具合が悪かった・・・ところが両手振り運動をやり始めるとそれまで引っ切り無しに垂れていたのが止まり運動後もピタっと止まってしまったではないか・・・これでチョット嬉しくなってその晩一緒に飲んだ友達に早速教えてあげた。

ただ、両手を前後に振るだけのカンタンなものなんだが、回数が多いのがやや難点・・・回数はそれぞれ違うので、計算方法を示しておくと、

体重×身長÷0.243×1.(年齢)=回数   団塊おやじを例に取ると、

66.5kg×1.725m÷0.243×1.57=741

これだけやるのに10分以上はかかる。店にいてもヒマなときは10分以上お客が来ない時はザラなので、これからも続けられそう・・・1年くらい続ければハッキリした効果も出るのかな・・・お金かかるわけじゃないしまあやれるだろう。

やり方としては、まず両足を肩幅程度に開き、手の平を内側にして(普通にダラッと下げた状態)で、後ろに力を入れて振り前にはその惰性でフっと出す。その繰り返しを上記の計算方法で出した回数やるだけ。       奥さん方は、TVなんかを見ながらやってもいいし、なんなく出来ると思うので一度やってみてはイカガ。

そんでもって、イイ体験したら周りに教えてあげたらいいのでは・・・日本中で振りまくってる状態を想像するとけっこう笑える。

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2006年9月 9日 (土)

農薬

トマトの生産量日本一は熊本県だそうだ。で、そのトマトに散布する農薬の回数は慣行農法で61回、特別栽培はその半分以下であればよいとのこと。このことは、お気に入りにいれてある「デイリールーツファインダー」というサイトで知ったのだが、トマト以外の野菜も5回や6回ではなく軒並み数十回というレベルだ。

米も生産量トップ10の県で見ると14回~22回、お茶も殆どの県で十数回使用している。まさに農薬まみれといった状況にある。

想像をはるかに超えていた・・・できれば有機無農薬のものを食べたいが、カミさんに強制もできないし昼、夜は外で食べることが多いけど、オーガニックレストランなんかで食べることは稀なので、相当量農薬を体にとりこんでいることになる。

殆どの国民は、みんなこういう状況にあると思うが、農薬を使わずに栽培するとなると収穫量もかなり減るだろうし場合によっては全滅になる野菜や果物もでてくるにちがいない。となると価格が跳ね上がり庶民の手に届きにくくなる・・・やはり農薬は必要悪なのか。

気休め程度しか出来ないかもしれないが、自宅で無農薬で野菜をつくるってことの大事さを再認識させられた数字だった。

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2006年9月 8日 (金)

それでも牛肉を食うか

テレビじゃ絶対放送できない「食」の裏話/消費者問題研究所代表 垣田達哉著

この本にも書かれているが、輸入再開された牛肉がいかに危険であるか・・・TVではおおっぴらにされていないアメリカの処理施設のイイ加減さ、日本の査察チームのでたらめさ、危険と解っているのかいないのか、相手の言われるがままに聞いてしまう小泉総理、業界の人なら危なさを知ってるはずなのに儲けりゃいいとばかりの吉野家やファミレス、焼肉屋などなど・・・

特にアメリカ産、カナダ産はヤバそうなので絶対避けたほうが良いと思う。M/M型の遺伝子を持っている人が感染しやすいとのことだが、ナント白人40%に対し日本人は92%がM/M型・・・ってことは日本人がいちばんヤバイじゃん。

異常プリオンは800℃以上じゃないと分解しないので、焼こうが煮ろうがピンピンしてる。それに感染したとしても発病するのは、数年~25年以上後だから誰のせいだって追求できない。もしかするともう感染している人がどこかにいるかも・・・。

話は変わるが、自然派ネットワークの塚田猛さんの本によると、牛は出荷されるとき、そうと察してかなり抵抗するらしい。塚田猛さんがまだ少年の頃、自分が世話をして育てた牛を出荷するため父親と肉業者が車に積みこもうとしたら案の定暴れた、そこで塚田少年が「ゴメンネ、ゴメンネ」と牛に誤ったところ牛は塚田少年のほうを振りかえって大粒の涙をボロっと流した・・・

食わなきゃイイじゃん。牛肉食わないと生きていけないわけじゃナシ・・・

危ないものを食わせるな、泣いていやがる牛を殺すな・・・殺してくれなんて頼んだおぼえはないよ。

この世から牛肉がなくなったってちっとも困らんので早くそうしてくれ。

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2006年9月 7日 (木)

柳生家の家訓

小才は縁に出会って縁に気づかず                                                中才は縁に出会って縁を活かせず                                                 大才は袖すり合った縁をも活かす                                                     

縁ある人に喜ばれる、縁ある人から拍手をもらう。生きているひとつの目的のように思えるが、果たして自分は縁を活かしきっているのか?また縁に気づかないこともあったかも・・・・となると小才~中才ってところか。

ひとりじゃ、なーんにもできないってことは解ってるつもりなんで、縁を大事にして縁に気づき縁を活かせるようにならないとアカンね。

今構想中の雑穀研究会にしても縁ある人とのつながりがどれだけ持てるかにかかってるもんね。構想がキチンとまとまらないんで声もかけきらん・・・しかしひとりで考えてても堂々めぐりするばっかだし・・・

袖をすりあったら、即雑穀の話をしよう・・・いやがられるかなー?

ウジウジ。

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2006年9月 6日 (水)

はずれ

ずーっと前から紀子さまは今度も女の子だよと、周りの人に言ってきた。根拠は本筮易をやっている石井清龍という人の占いを信じたからだ。昨日はカミさんと娘にも女の子に決まってると断言したばかりで、またひとつ不信の上塗りをしてしまったことになる。

自分の感性で、こうだ!と決め込んで失敗したことは、他にも色々ある。数年前、浅井隆の「国家破産」を読んで、ナルホドと思ってカミさんに日本はヤバイから外貨預金に切り替えたほうがいいよと言って切り替えさせたら円安になるどころか円高になって、その時も若干損をさせた。

いまもって、これからの日本が安泰と思っているわけではないが、すぐにどうなるということでもないので短期的に為替の変動に振りまわされることなく、じっとしていれば良かったのだが・・・・日本がおかしくなる=自分は得をする、だからおかしくなるのを期待するという、日頃言っている(大和魂ウンヌン)こととの矛盾に気がつき、カミさんもヤイノヤイノうるさかったし、損切りでケリをつけたのだった。

まあこの手の判断ミスは結構あって、いくらカミさんからボロクソに言われても反論できないのであるが、たまに正しいことを言ってもちゃんと聞いてくれないのはちとサビシイ・・・捨てられてないだけマシと思うべきか。

さびしいと思うことは、他にもあるよね・・・・そんな時、どうする?

やはり自分を信じること、愛することかなー、自分=相手、自分=全体。表面的にはくいちがっているようで、奥のほうではつながっているカンジ。自分といってもオモテに現れている部分だけの自分を信じるのではなく、自分も知らない自分まで含めての自分を信じる・・・ってことは、相手もそうなわけで、オモテに出ている部分だけで「わかってくんねーなー」などと、ひとり孤独感にひたる必要はない。

でもちょっとセンチメンタルな気分も悪くはない。

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2006年9月 5日 (火)

発明起業塾修了

半年間にわたる発明起業塾も先日(9/1)ひとまず修了。

当方がまとめていた「雑穀ビジネス」プランも大幅な修正を余儀なくさせられた。塾長のアドバイスに沿って考えなおそうと頭をひねっているがいまだにオチがつかない。出発点を間違うと永久にゴールにいけそうもないのでここは焦らず結論がポン!と出てくるのを待とう。

戦前は雑穀が主食だったそうな・・・縄文時代からずーーーーっと穀物が命の源。それにくらべればホンのまばたきくらいの僅かな期間に欧米食・飽食の日本人は増えた。その結果の生活習慣病、アトピー・・・

米の消費量がドンドン減り続け、生産調整のための減反、食糧は60%外国に頼り、野菜の種は90%グローバル企業に握られ、日本と中国の関係は雲行きが怪しいし、小泉後継総理も戦争ができる国にしようと(させられよう)としているので、異常気象・水不足の要因とあわせ、多くの日本人が近い将来食えなくなる日が来る。

思考は現実化するので、そんな心配ばかりしないほうが良いが、そうなっても困らないようしておくのが大人の役目だろう。五穀豊穣、肥沃な土地にして子孫にバトンタッチするのが今生きている大人の責任だろう。減反になって遊ばしている土地があったら貸して欲しい、作り方を知っている人がいたら教えてほしい、一緒に汗流してもいい人仲間になって欲しい・・・・ガキのようにダダこねてもしょうがないけど、国に頼ってもどうにもならんぜ!

それにしても大谷ゆみこはえらい。こっちがこんなことしたらイイなと思うことはたいがいやってるもんね。だから大谷ゆみこさんに教えてもらうのがイチバン手っ取り早いのかも・・・でもあっちはオシャレ系、こっちはヨゴレ系jじゃなくってシンプル系・・・路線がちがうような気もするし、どうしようかな。

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2006年9月 4日 (月)

ぼちぼち

一ヶ月前、酔っ払って暴言を吐いて反省し、これを書くのを止めてみた。

それでどうかなったかというと、相変わらず酔っ払っては他人を罵り、自転車でコケ、一緒に飲んだ友達が警察に引っ張られ・・・要するにもっとひどくなっただけ。それならば、チャントしたことを書いてすこしでもちゃんとすることを意識するようなスタイルのほうがまだましってことで、ぼちぼちなんか書いていこう。他人になんかノタマウっていうより自分のために。

愉快な人生を送って やりたいことをやり抜いて 自由自在に生き 縁ある人に喜ばれる by桜沢如一

こんな生き方ができたらステキだなと思う。

もちろん宮沢賢治のような生きかたも素晴らしいのではあるが、自分にはムリ。

酒にも負けて誘惑にも負けて  慾はあるし しばしば怒り いつもヘラヘラなんちゃってで生きている       一日にビール一本と4~5杯の焼酎を飲み ラーメンや時に少しの缶詰を食べ あらゆることを 自分を勘定に入れ 他人の話を聞かず 飲みすぎたら すべての話を忘れ

毎日TVゲームショップに釘づけになり 東に病気の子供あれば ゲームをして気をまぎらせといい 西に疲れた母あれば一緒に飲もうといい 南に死にそうな人あれば どうせ一回は死ぬんだと言い放ち 北に喧嘩や訴訟があれば 自分は関係ありませんと逃げ 

日照りのときは汗を流したあとはビールだねといい 寒さの冬はこたつで熱燗をちびちびやり みんなに酔っ払いエロおやじとよばれ 誉められるわけもなく ヒンシュクをかい そういうものから 脱却したい

と思いつつ・・・

意識を高く、強く、ダメな自分も愛し、またぼちぼちと。

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