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2006年12月31日 (日)

愛の実践とエゴの撲滅

今日で、2006年も終わり・・・ちっとは進化できたのかなー?スカっと視界が開けて欲しいのだが、まだ曇りガラス越しに見ているような、でも2007年の方向性は、「愛の実践とエゴの撲滅」これで決まり!

といってもたった今、浮かんだだけで相も変わらず軽いなーとは思いつつ、今日は明日からの初売りの準備もあるし、大掃除もまだしてないしメチャ忙しい日なのでじっくり考えているヒマはなし・・・「マっいいか」

愛の実践といえば、なんか固いけど、「思いやり」「分かち合い」困った人を見かけたら出来る範囲で手助けしようってことくらいだし、エゴの撲滅と言ったって生きている限り全部無くすことは出来ないことも解ったうえで、極力小さなエゴ=我を大きな我に昇華させるよう努力するのみ・・・

ある人のサイトで、人が生きる目的は、「自他共に喜べるような善きことをする為にこの世に生まれて来た」って書かれていた・・・凄くシンプルでピタっと来たので、ヨシこれで行こう!ってなった。

さて、それではサクサク仕事にとりかかろっかな。

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2006年12月30日 (土)

半歩先

何事も、半歩先くらいがちょうどいいのかな?一歩先だと孤独な歩みになって楽しくないし、現実真っ只中だと新しい景色が見えないので・・・次元的にいうと3.5次元てとこかな。

ひとそれぞれすわり心地のよいポジションというのがあって、自然と自分にあうところに座ってる。でも感じる心地よさっていうのは、意識とともに変化する・・・昔中洲で飲み歩いていた時はお姉ちゃんのオシリ触って喜んでたし、地位・名誉・お金を追っかけていたこともあったし・・・

精神世界が好きっていっても、一足飛びに五次元に行けるわけでもないし今立っている場所から半歩先くらいが自分にとっては無理がない。といっても表現的にはちょっとちがうのかな?先というと直線的に前に進むというカンジがあるけど、そうではなくもっと奥へというカンジかな・・・

時空を超えたところに瞬間移動できるというのもステキな話だとは思うが、地球の次元上昇と共にというのが自分のスタンス・・・来年地球は次元上昇という説もあるので、今3.5くらいの意識を持ってないとついていけないなという想いもある。

書きながら、なにを言いたいんだか解らんことなってしまった・・・でも年末の繁忙期だし、整理はだれかにしてもらうってことにして・・・商売、商売。

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2006年12月29日 (金)

一筋の光

今年もあと僅かで暮れていく・・・時間は終焉に向って加速化しているせいか、ことのほか一年が短く感じる。性格的にキョロキョロするタイプなので、今年も中途半端に終わったことがもろもろあり、「集中」ということばの大切さが身にしみる・・・

中途半端そのⅠ・・・マクロビオティック指導者講座に参加するも、後半になり失速、また来年やり直し       中途半端その2・・・発明起業塾で決めた「雑穀ビジネス」に集中しようと取りかかったが、古賀市の食育アンテナショップ構想にシフトしてしまい、集中→拡散の方向へ                                         中途半端その3・・・野菜づくりをこちあか農園で始めようとしたが、継続できずひとまかせ状態                  中途半端その4・・・自然食品店の経営を委ねられたが、表面をちょっと触っただけで中に入り込んでの取り組みがまるで出来なかった。                                                      中途半端その5・・・動物性の食べ物をさらに減らそうと思ったが、進化なし

アゴだけで実践が弱いということも含め、反省点は多々あるが、自分にあっていると思ってほぼ毎日やっている「ひふみ祝詞」の奏上、「日拝」、「爪もみ」、時々やる「真向法」、それに3ヶ月くらい前に始めた「両手振り運動」は、それ以来ずっと続けている。これらは、来年も継続だ。

なによりうれしいのは、つい最近精神世界系のお友達ができたこと・・・この出会いが、メインテーマであるアセンションへの旅路を楽しいものにさせてくれる一筋の光のごとく感じる今日この頃なのだ。

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2006年12月28日 (木)

光の子

誰かの受け売りだけど、新しい時代になると・・・

①人の心の状態が相手に筒抜けになる・・・そういう状態にあっても無理なく生きられ、そういう状態こそ素晴らしいと思える人が新次元へとレベルアップする。                                           ②所有の概念がなくなる・・・モノ・金・地位・名誉などすべては借り物(役割)だという認識が必要となる。         ③人類は、この先「光の子」と「獣」にわかれる。人類の二極分化・・・いまならまだ新時代行きの列車に間に合う。切符の買い方を知り、実際に買うこと。                                             ④光の子は1割もしくは1%                                                       ⑤悪想念を出さないよう、悪いことを「見ざる」「言わざる」「聞かざる」が大切=身(行動)口(言葉)意(想念)

光の子になれない人は、

①人生は一回限り・・・だから好きなことをやって楽しんで死ななきゃ損という考え方で生きている             ②霊界や異次元などの神秘的な世界を認めず、科学ですべてが解決できると考えている人、死後の世界を信じることが出来ないので死ぬことを非常に恐れる。                                        ③お金や権力、名誉などに対する執着心が強い人                                    ④何事に対しても感謝の気持ちが少なくいつも不平不満を口にし、他人や世の中の悪口ばかり言っている人         ⑤自分の健康状態を異常に気にし、すぐに病院や薬を頼りにする人                              ⑥習慣的に肉食をしている人

さて、どうかしら 光の子になれるかなー?酒を飲みすぎる人っていうのがなかったので一安心だけど、③の世の中に対しブーたれることはけっこうやってそうだし、他人にカミついたりもするんで、まだまだやね・・・でも身の回りの人達はけっこうOKの人が多いように思う。

ひとりだけ置いてけぼりもイヤなので、心・言・行の一致に留意して新しい年を迎えるとしよう。

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2006年12月27日 (水)

心の駅

♪どうせー力のないのならー酒の力を借りるのもいいさー、こうして今夜も心の駅で飲んだくれーてるー・・・缶詰バー「心の駅」というところで夜な夜な飲んだくれているのだが、フト思った・・・

この店には、いろいろなお客がやってくる。霊能者、市会議員、板前、お百姓さん、あやしいブローカー、スナックのママさんなどなど・・・マスターは自分のことを駅長と呼んでいて、この男の趣味は「会議」。最近、我々のグループに参加したので合計23のグループに関わっていて、そのため店の営業時間が22:00~4:00という設定になっている。

本人は色々な人の話を聴くのが好きで、色々な人同士のしゃべり場になってくれればいいという考えで店を始めた・・・名前が「心の駅」なんで大体察しがつくと思うけど、それぞれの心と心が出会う空間ともいえる。先日ここで、酔っ払って「哀愁列車」なんぞガナったっけ。

そんなわけで、食べるものは体に悪そうな缶詰しかないのに妙に気に入ってしまってるもので、こんなのが全国にあって、東北新幹線「心の岩手駅」みたいなカンジでアチコチにあるとステキだなーと思ったりした・・・

さらに妄想は膨らみ、バーチャルな心の駅だったら、お金なくてもできるやん・・・インターネット上にアチコチ「心の駅」をつくり、やりたい人がそれぞれ「駅長」になって、それが全国つながっていて、今日はこの駅行ってみたいなー、明日はあの駅が・・・みたいにその駅に行ったら、その地域のその駅長と心の栄養になるものが交流できる・・・そんなのがあったらオモシロイとちゃうか?

「それが、どうした」で片付けられるかも知らないけど、ふっと浮かんだもので勝手にたれながしてしまいました。

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2006年12月26日 (火)

一厘の仕組み

最近は過去に何を書いたか忘れていて、ひょっとしたら「一厘の仕組み」のこともダブッてるかも知れない・・・日月神示関連の本は十数冊読んでいるにも拘わらず、何回読んでも解らないのが、この「一厘の仕組み」なのだ。といっても解らないことを恥じているわけではない・・・なぜなら、このことが解っているのは元の元の神のみで、その他大勢の神様だって解らないシロモノだから。

ある人の解釈によると、

数年後に三千年一切の悪魔、悪神の教えに終止符がうたれる。今の我善しの考え、自己中心の心、理屈人間、科学中心の心、総ての総て元神中心の神の智と愛に替えなければ新しいミロクの世の衣は着られない。人間中心 己中心の世は終わる

○九十の神中心 大立て替え、大立て直し これまでの輪廻転生とはちがう、再び輪廻はない あと数年で審判はくだる、一刻も早く目覚め、○九十の神人に開真 他人の批判ばかりは、今から慎むこと。人が人を裁くことが世紀末を招いた。理屈も石屋の教え、いまフリーメーソンの手先を知らず知らずしている。

と、一厘の仕組み=究極の仕組みというイメージは湧く・・・だけど中身のことはやっぱり解らない。中矢伸一さんも、

神一厘の仕組みとは、76音声(言霊)をもってして発動するところの、大神力なのだ。だが、実際にどんな秘策が行われるかは、ギリギリの段階になった時点で、身魂の磨けた者のみに直接知らされるのであろう・・・

と言っている。

神示では、「一厘のことは言わねばならず言うてはならず、心と心で知らせたいなれど、心でとりてくだされよ、よく神示読んでさとりてくれよ、神たのむのざぞ」

時期到来のタイミングで、こちらの身魂が磨けていればその時にこそ解るということのようだ。せいぜい魂の洗濯にいそしむべしってことなんだよね。

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2006年12月25日 (月)

はりつけ

クリスマスなので、キリストがらみでアセンションを考えてみよう。昨日はイヴだったので、サンタさんになりすまして孫娘にDSの「おしゃれ魔女・ラブ&ベリー」をプレゼントした・・・カードに書いてあった文字が「じいじ」の字に似てるねって言ってたが、こちらに「ありがとう」のコトバがなかったところをみると、サンタの存在を信じているのだろう・・・

さて、キリストのことだが、エハン・デラヴィによると、キリストは「はりつけ」の刑を受けた後復活し、天に上昇した。つまりアセンションした・・・しかし逆にいうと、はりつけという儀式がなければアセンションもなかった。

アセンションと「はりつけ」はセットになっている。

現在の世界で、この「はりつけ」を象徴する問題は限りなくある・・・生命体の絶滅現象・異常気象・天変地異・政治経済システムの崩壊・テロetc・・・地球規模の「はりつけ」から、我々個々の肉体の「はりつけ」に目を転じてみれば、科学や医療の進歩にもかかわらず病人が増える一方の現実、ガン患者は増えつづけ、出生率は減り続ける・・・そして現代人、特に大都会に住む最大の病は、うつ病や神経症だと言われている。

人類は、今まさに本格的な陣痛を迎えこれから新たに変容を経て生まれる寸前にある・・・2012年まで徹底的にさらなる陣痛=「はりつけ」を経験するであろう。

と、このように述べている。

「はりつけ」の後にアセンションが待っている・・・だれでも「はりつけ」はごめんこうむりたいものだが、ワンセットになっているなら仕方ない。キリストが模範を示してくれたように、それぞれが、それぞれの「はりつけ」を通過儀礼として受けるしかないのだろう。

今、現在最も過酷で悲惨な目にあっている人達が最もキリストに近い人達なんだろうね。

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2006年12月24日 (日)

どぶろく

どぶろくづくりは、失敗だった。教えられたとおり毎日一回掻き混ぜてオマケに「おいしくなあれ」と声も毎回かけて、やっとできあがり!と思いきや、お世辞にもオイシイとは言えないシロモノで、できあがりを楽しみにしていた友達にもがっかりさせた。

なにが原因か解らないけど、とにかく酸味が強すぎ酸っぱいけどオイシイというのとは違う・・・要するにマズイのだ。けれど、このマズイどぶろくをつくるには、それなりの手間がかかった・・・我が家には漉すための「さらし」がなかったので、最初茶漉しでやったけど、これはあきらかにミスチョイス。それで近くでさらしをうっているところをなんとか見つけ、やっとさらしで漉すことができたものの、狭い台所で散らかしつつやっていたら、案の定妻の罵声がとんできて、それにもメゲズ黙々と漉し続けても要領が悪いせいか早やくも出勤時間がやってきてできたのは5合くらい・・・

その挙句がこの味だ・・・先生のところでは、そうとも知らず6升ものどぶろくをアッという間に飲み干して(もちろん皆での話)しまい、それだけのものを用意するのにかかった手間のことなど全然意に介してなかったよな・・・と、そういう意味ではこの経験は良かった。これからは、もっと感謝して味わって飲めそうだ。

今度、先生に会ったら失敗の原因を尋ねてみよう。いずれにしても原因があっての結果だ・・・次回はおいしいどぶろくがつくれるように。

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2006年12月23日 (土)

日月神示より・・・

自己は自己ひとりでなく、タテにもヨコにも無限につながっているのであるから、その調和をはからねばならん。公のことに働くことが己のために働くこと。大の動き為すために小の動きを為し、小の動き為すために個の動き為すのであるぞ。

孤独、不運は孤独から・・・

友をつくれ、友をつくることは己をつくること。                                          一人では、マコトの道を生きては行かれんぞ。友は人だけではない 山も川も 動物も植物も 大地も大空も 皆友 皆己 皆々己となれば 己なくなるぞ 己なくなれば 永遠に生命する無限の己となる

自己と自己を和合せよ

肉体の自己と魂の自己との和合できたら もう一段奥の魂と和合せよ 自然ことごとく自己 その自己できたら天を自己とせよ 天を自己にするには、ムにすることぞ。ゼロに化すことぞ。霊界と現界と組みて新しき限界とすること 人は横の自己 神は縦の自己

自己を見極めねばならん。一切を受け入れ一切に向って感謝しなければならん。己を生かすために他を殺すのもいかん 己殺して他を生かすのもいかん 大の虫を生かすために 小の虫を殺すことはやむをえん・・・それもいかん 総てを殺さずに皆が栄える道がある。

・・・うーん、総てを殺さずに皆が栄える道かー、最近はごきぶりを殺すのもチョット抵抗を感じるようになったが(といっても、やっぱり殺してるけど)、ごきぶりと共に栄える道・・・難しいなー、こんな時友がいて一緒に考えてくれるといいよね。

類友、類魂・・・少しずつつながりが持てだしたような・・・。

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2006年12月22日 (金)

6年計画

今日から、6年後に巷で囁かれているXdayがやってくる・・・なので、今日を6年計画のスタートの日に設定した。

究極の目標は、「マスターの教え」によると他言無用なので公開しないけど、これからの生きかたとしては、

①次元上昇を果たす                                                        ②清富を求める                                                            ③大欲に生きる                                                            ④社会起業家として活動する                                                      ⑤ミロクの世を目指す                                                             

ちょっと、言うには気恥ずかしい面もあるが、自分に気合を入れる意味で公言してみた。

日常、昨日のDS騒動(なんとか解決のメドがつき穂っ)やら、酔っ払い事件、暴言などなど上記生き方とはホド遠い出来事の連続なので退屈の2文字だけはmy辞書にはない・・・・来年こそは、もとい今日からはあまりにも次元の低いことからはオサラバし、一歩でも肉迫できるよう日々意識して行こう!

ハトホルという地球外生命体が考えるアセンションとは、

すべてのレベルにおける覚醒と自己統御を達成するプロセスであり、自分という存在の全体を上昇させる必要がある。アセンションゴールとは、日常を出来る限り豊かに精一杯生き、常に自分を愛と気づきという偉大な力に委ねて生きることに他ならない。存分に生き、日々どんな場においても最高次の可能性を生み出すように努めるなら、私達の文化・種族・共同体・文明全体が高められる・・・私達が現在の次元に留まるかどうかは問題ではない。なぜなら、無限の大宇宙を生きる私達は全員いずれアセンションすることになるから・・・

つまり、アセンションすることが目的ではなく、日々精一杯自己という全存在を上昇させるべく生ききったらあとは、オマカセの世界であり結果の世界であるという・・・

また、森田峯生さんが言うように、「普段意識的に心がけないと身につかない」

大多数の人は、理屈は解っていても精神状態がなっていないので、意図する意識状態の継続や無意識状態が断続して出現する混在の状態にあらわれてくる。その場の事象に対処するための時間を費やしながら幸運を引き寄せることなく日常生活が過ぎていく。

念仏のように唱えるだけでなく、ハッキリと意識しないと身につかないということだろうか・・・女性は理屈抜きでスパーンと身につく人もいるようだが、こちらは意識の積み重ねで肉迫するしかない・・・自分にあったやりかたでいいと思う。

ここで、だれかが言ったことば・・・死んだときに悟ればよい。死ぬまではいろいろ悩むがよい、それが生きるということ。

今の自分にとっては、一番なぐさめになる。

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2006年12月21日 (木)

今、ここ

確か、縄 文人さんのメッセージだったと思うが、「今、この瞬間が最善」というのがあった。それは、

あなたにとって、最も深い意味においても、今より良いところが在るとするならあなたは今そこにいるでしょう。あなたの今いるべき場所は常にそこであり他のどんな場所でもない。今いるあなたの場所が、あなたにとって意識の進化のために最善の状態なのです。今ある状態が、あなたのハイヤーセルフがあなたのためにしつらえた最高の学びのステージと考えること・・・

「こんな状態に耐えられない、もっとふさわしい場所があるはずだ」と思っているとしたら、だからこそ、そこがあなたにとってクリヤーすべき課題だといえる。真に「今、ここ」が自分にとって最高の場所であると思えた時、次なるステージがあなたの前に現れる。そのとき、あなたはそこに留まりつづけることはできない。満足しきったあなたは更なる夢を描き飛翔するでしょう。それこそが、あなたの人生の輝きです。

あなたが望む現実を生み出すには、ひとつだけ条件がある。それはあなたの意識に欠落感がないという条件、あなたの心が満ち足りている時、あなたに不可能はない。

というメッセージだ。

「今、ここ」というのは、以前にも書いたような気がするけど、時々思い出したように書きたくなるのは、ついついこのことを忘れてしまい混迷の渕にはまり込んだりしてしまうから・・・

今日も、ブログを書きかけようとしたとき、「予約していたニンテンドーDS、もらいにきたんですけどー」・・・エーそんなーモノがない・・・どうしてこうなったの?頭はパニック状態「すっすみません、なんかの手違いで・・・なんとかしてこちらからお届けしますんで」といって急場をしのぎつつ、他の予約者と調整を図ったり、他店に買いに走ったりしたけれど・・・・ナイ、どこにもない。・・・・とりあえず、お詫びの電話をしといて時間を稼ごうとしたところ、先方から電話、「どうなってるの!とにかくなんとかしなさいよ!」と怒られ、最後の作戦は今日回ったうちの一軒が、明朝抽選で売り出すっていうので、朝早く並んでどうにかゲットするか、もうひとつ奥の手にかけるか?いずれにしても確実な返事ができないので、ガンガン怒られっぱなし・・・

たとえば、こんな 「今、ここ」でも最高と素直に思えるか?思えるといえば思える・・・というか、朝飯前で思えないと・・・もっと、根本的なところでも「迷」の種はいっぱいあることだし・・・。

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2006年12月20日 (水)

若年性アルツハイマー

昨日、アルコール性痴呆症のことを書いたと思ったら、今朝でがけにNHKの生活ホットモーニングで若年性アルツハイマーのことをとりあげていた。

見たところ同年輩くらいの夫婦だったが、6年前に奥さんが発症、旦那さんが介護にあたることになるのだが、それからの悪戦苦闘ぶりを日記に綴ったり、映像にもおさめていたものをコメントをはさみながら追っている・・・4年目くらいまでは、奥さんより旦那さんがまいってしまって発作的に大量の睡眠薬を飲んでしまうことになって、悲惨な状況にあった・・・ところが、あるとき転機が訪れ今では、夫婦ともども笑顔が絶えない本当に見ていて幸せそうなステキな二人がそこにいる。

自らは体験も無く、周囲にもそうした知り合いもいないので、普通報じられているような悲劇的なイメージしか持ち合わせていなかったが、こういう、なんていうかアルツハイマー怖くないぞ・・・いや、やっぱり怖いけど見事に克服する人もいるんだなーって、ちょっと感動ものでした。

旦那さんが言っていた言葉で、「自分がつらくて、追い詰められている気持ちでいると、公恵(奥さん)も不安になっているのがよく解る」なにもかも一人でなんとかしようともがいていた時は、二人とも笑顔なんてすっかり消えていた・・・それから、子育てサークルに参加したり、昔アルバイトをしていた自然食レストランを訪ねたり、外とのふれあいを持つようになって、旦那さん自身も少し余裕を持てるようになってから、急速に好転しだした。

コメンテーターが、「良かったですね、今も言葉のやり取りにおいては健康な時と比べようがないほどコミュニケーションしづらいだろうけど、奥さんの言葉以外の表情、目、しぐさすべてがコトバなんですよね、ご主人、それが今では病気以前よりずっと解るようになっている、ほんとうのコミュニケーションが出来ていますよね」って・・・

涙もろいんで、ここで朝っぱらから泣いてしまった。我々夫婦は二人ともチャントしゃべれる・・・が、お互いほんとうに相手の言いたいなにが解っているのかと・・・チャント言葉だけじゃなくすべてを見ないと、声無き声をちゃんと聞かないと・・・。

それにしても笑顔のステキな夫婦だったよね。

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2006年12月19日 (火)

アル中ハイマー

昨日は、嘔吐下痢の繰り返しで2006年ワースト3に入るくらいキツい一日だった。あいにく月・火は相棒もいない一人の日だったので余計つらかった・・・自業自得なので誰に文句があるわけではない・・・どころか、当日同席していた友達が来て、その日の出来事を聞かされた時点で「それを、言っちゃーオシマイよ」的な発言を某先輩に連発していたとのこと・・・ヒラにヒラにお許し下さい、あーまたやっちゃった・・・自己嫌悪の世界にまっさかさま。

それにしても、病状は確実に進行している。以前は、飲みすぎて記憶がトブといっても、ところどころ強烈な部分くらいは記憶が残っていたりしたのだが、今回は二軒目にどこにいったか、誰と行ったか、なにを話したか、いつ頃どのようにして帰ったか・・・そのすべてがスッポリ消えてしまっていくら思い出そうとしてもダメなのだ。

ことここに至ると、流石に頭をポリポリかくだけではイケナイ・・・飲むのを止めるか(それはムリ)、酒に飲まれないようにするかしないとシャレにならない事態を招く恐れ大なわけで、対策としては、

飲むときは、ダラッと飲み始めるのではなく、「今日も楽しく、イイ感じで飲むぞ、絶対に酒に飲まれないぞ!」と意図を明確にして、かつ今までは野放図にとめどなく飲んでいたのを、飲むたびに何杯飲んだか確認をいれる事にする。

これでもダメな状態が続いてレッドカード状態になったときは、まず一ヶ月間の禁酒を自分に与えることにする。

とりあえず、これで行ってみよう。そうしないと誰にも付き合ってもらえなくなるモンね。

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2006年12月18日 (月)

クラインガルテン

昨日は、「古賀の食育を考える会」の忘年会・・・四連チャンでけっこうきつかったけど、一杯入るとOK牧場でいつものごとくテンションあがりまくり・・・で、いまはというとお腹は痛いし頭もいたい最低最悪トホホのホ。

そのとき、話がでたのが「クラインガルテン」・・・その人は10月にドイツに環境と食の勉強に行ってドイツの市民農園(クラインガルテン)を見て痛く感動・・・古賀市とフライブルク市を姉妹都市になってもらおう、そして古賀市にクラインガルテンをバンバンつくって、地域の自給率を上げて行こうとのたまっていた。

自分もこの話には大賛成で、ぜひその時は雑穀もお願いねと言っておいた。なぜなら、雑穀を作っている人が殆どいないし、九州の有機農業研究会のメンバー(プロの有機農家)に相談しても話にならない・・・理由は面倒くさいから・・・

なので、プロに頼っては前に進まないってことがヨック解った・・・そこで思ったのは、アマチュアに雑穀に興味を持ってもらい一人一人が作る量はたかが知れててもいいので、なにしろ数を集めよう大作戦に切り替えようと・・・この発想とクラインガルテン構想がスポンとつながったのだ。

この会のメンバーで脱サラして自給的農業をやっている人がいる・・・「きび」をメインにやっている。で、もう一人玄人はだしの焼き芋屋もいるのだが、昨日「自分は蕎麦担当で行くよ」って言う話も飛び出して、雑穀普及アゴだけ委員長のオイラを大層喜ばしてもらった・・・残念ながらそこいらあたり以降の話の記憶がいつものようにトンでしまって、アル中ハイマーの病状が順調に進んでいることを再確認しつつ吐き気をもよおしてきたので、ここらへんで書くのをヤメトコ・・・・あーキツイ、キツイ、キツーイ。

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2006年12月16日 (土)

祝・開店

昨日は、ポン友の男三人連れで佐賀のド田舎にある蕎麦屋 「与楽庵」に行き、目一杯飲んで食べて、その後、知り合いが本日開店というので、ちょっとキツイなと思いつつおめでとうを言いに寄ってみた。

佐賀の蕎麦屋も知り合いで、一年半前にオープンしたというのは、聞いていたけど遠いのでなかなか行き出しきらなかった・・・その店は築150年の古民家を改造し夫婦二人でやっている。奥さんは書道家で看板からメニュー、箸の袋にいたるまですべて自分で書いたもの・・・これがまた上手いのなんのって!旦那も元デザイナーだし、料理もどこが蕎麦屋かってツッコミたくなるような洋風のオリジナル創作メニューで、蕎麦がでてきたのは最後の最後、なんと鴨鍋に放りこんでさあ食べろってカンジで出てきた。

聞いてみると、使っている野菜はじめ、肉も魚も厳選していて奥さんは10年くらい玄米菜食やってて、野菜も無農薬、調味料は無添加チャンとこだわっている・・・なのにそういった表現はなにひとつしていない・・・これみよがしに能書きを書いているよくある自然食レストランとはチョット雰囲気がちがうのだ。

ここで目一杯、腹一杯満足して、くだんのお店「宙(そら)」へ・・・こちらは、母娘二人でやっていた。こっちはバリバリのマクロビ志向のお母さんがやるというので、どんな店かなと興味津々店を探し当てたんだが、ここもたたずまいは、よくあるタイプとは大違い・・・ダイニングバーと来やがった。メチャ知的で美しい娘さんと純米酒を重ねつつ、野菜の蒸し煮に舌鼓・・・あれだけお腹一杯と思ってたのに気持ちよく入るは入るは・・・

てなわけで、今回は2軒とも気持ちよく先入観念を裏切ってくれて満足度120%・・・やっぱ2軒ともセンスいいわ・・・ていうか、マクロビオティック業界もドンドン進化してるなーってカンジだったのだ。マクロビの常識編は、もう当たり前のようにこなしてて、ことさら強調するでもなく一見タダの蕎麦屋であり、バーであるかのようにしてて中に入り込んでいくとけっこう深い・・・なのでそうと知らない普通のお客さんも、食べてビックリ、聞いてビックリ心地よいドンデン返しを食らわせられるってわけだ。

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2006年12月15日 (金)

先日の忘年会で幹事が「今年一年を漢字一文字であらわすとどうなる?」ってきたので、すかさず「脱」と答えた・・・

「だつ」と言えばいいものを、脱ぐと言ってしまったのは、酒の席だしまあいいかってノリで、いつもの下ネタ炸裂舌好調でおおいにヒンシュクを買ってしまったのは、毎度おなじみのことなんだが・・・自分の本意としては、2012.12.22まであと6年間、それまでに体も心もすっかり浄化して・・・つまり今までの人生で沢山身につけてきたイタラン知識や経験や常識の一切合切を脱ぎ捨てて、その日を迎えたいというのが、正直なところ・・・

それで、これから6年間の究極の目標を立てるぞと心に決めたのはいいのだが、いざまとめようとすると悪友が誘いに来たり忘年会ラッシュだったりしてちっともまとまるどころか、一日置きに二日酔い状態・・・あと一週間もすれば6年計画のスタートを切らねばならない日が来ると言うのに・・・

こんな調子なもんで、「アゴばっかり」とか「エロおやじ」などと、バッシングの嵐をまともに受けて・・・でも最近うれしいことが・・・というのが、ここ最近毎日100件を越えるヘンな外国人のコメント・トラックバック攻撃にやられっぱなしで削除作業にプチ疲れ気味のところ、多分絶世の美女とおぼしき女性からまともなコメントを頂戴したのだ・・・ホント砂漠でオアシス見つけたような気分・・・これでまたしばらくヤル気が持続できそうだ、アリガト。

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2006年12月14日 (木)

宇宙からのメッセージ

2006年11月頃から、宇宙から「私達は、あなたがたに尋ねます」「あなたは、私達が現れるのを願ってますか?」という問いかけがあり、全世界に広められているそうだ。

これは普遍的な質問であり、その言葉は非常にパワフルな意味を持っているので、持てるすべての良心を意識して冷静に考えること・・・そして読んだ後、すぐに答えを出すこと。

あなたが、個人的に私達を受け入れ、白昼のもと私達があなたがたの物質界に顕われることを許可することは私たちにとって非常に大切で不可欠なこと・・・あなたの心から発せられた誠実なリクエストは、どのようなものでも常に私達に届く~あなたの個人的な未来を決めることになる。

全人類と比べると少数に思えるとしても、できるだけ多くの人間がこの決定をするべき・・・私達に関して今まで受け取った情報や偽預言者たちの言うことに耳をかたむけないこと。あなた個人として、この決定をすることはあなたの権利を尊重するだけでなくあなたの責任でもある。

受身でいることは自由の欠如につながるだけ・・・同様に優柔不断は決して最高の結果をもたらさない。これは本物の命に関わる事で、あなた達の日常に起きていること・・・あなたがたの歴史には確信を持った男女が、その少ない人数にもかかわらず、物事の結果にあらゆる影響を及ぼすことができたエピソードが多くある。

少数であっても、あなたがたには、これまでの惰性と困難な状況に対する無力感を劇的に変えることができる。あなたは、人類の本質を兄弟愛へとゆるやかに移行することができる。このメッセージを広げることが、より強く団結する為に手を貸すことになり、結果として地球の波動を上昇させる。

ポジティヴな選択の結果として、なにが起こるのか?

集合的にポジティヴな決定が行われれば即座に地球とその上空に多くのスペースシップが目に見えるカタチで現れる・・・あなたがたにとって直接的な効果としては、これまでのあらゆる確信と信念を急速に捨てることになる。

シンプルで決定的な視覚的接触をすることだけで、あなたがたの未来に膨大なインパクトを与えるだろう。多くの知識が永遠に覆される・・・社会の機構はあらゆる分野で根本的に大きく変化する。

最も重要なことは人類が私達のような「未知」の存在に対して地球人という単一の家族を形成するということ・・・私達が「第三者」と呼ぶ招かれざる存在は、あなたが間接的に望まないと意志を表明したことになるために、それらの存在が引き起こす危機はゆっくりと、あなたの故郷から消えていく・・・あなたがたは、すべて同じ名前を名乗り、同じルーツを共有することになる・・・。

その後、あなたがたが望むならば平和的で礼儀正しい交流が行われる・・・数年、数十年にわたるいくつかの段階が起こる。私達のスペースシップの出現、人間以外の生命体の登場、地球外生命体によるあなたがたの技術と霊的な発展のための共同事業、銀河における新たな発見など・・・。

その都度、あなたがたは新たな選択を提示される・・・それらの新しいステージへ移行することが、あなたがたにとって外部的、および精神的にも幸福をもたらすと思うなら自分自身の意志で新しいステージに移行すると決定するでしょう。

このメッセージが、必要なサポートを受けて世界中に広がる為には数週間、あるいは数ヶ月かかるかも知れないが、私達の"出現”の前には自由意志を行使すると決めた人々のうち大多数がそれを受け入れたと意思表明する必要がある。

情報不足によりこの人類の幸福な未来への招待状が人間の集合意識の賛成を受けず無視される可能性はある・・・そうなったとしても、あらゆる個人の願望は宇宙では認識されている。明日、私達が上陸しているところを想像してみてください・・・何千隻ものスペースシップが現れる・・・巨大メディアはこのメss-ジを広げることに乗り気ではない。

「あなたは、私達が顕われることを望みますか?」

以上が、宇宙からのメッセージである。あなたは、このメッセージを伝える側にまわりますか?

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2006年12月12日 (火)

持続的好景気?

今朝の新聞でロナルド・ドーアが指摘していた。好況が59ヶ月も続いているが、これは持続できるのか?と・・・

確かに、大企業の収益はずっと拡大しているし、主要な経済指標も軒並み好況を伝えているが、少なくとも我々一般ピープルにその実感はない・・・どころか日増しに閉塞感は増している気がする。勝ち組みグループにおいては我が世の春を謳歌していて政府もメディアもその世界を伝えているだけのこと。

資本金のでかい非金融系企業5600社(民間企業の1割を占める=一番恵まれている層)における2001年~2005年の人件費の伸びは-5.8%、零細企業は16%も減っている。この労働搾取というか低賃金システムが企業の好況を支えている。

日本企業はかつて終身雇用制度のもと会社と従業員は運命共同体的一体感のもと、業績を伸ばし海外からも日本的システムは高い評価を得ていた・・・ああそれなのに、それなのに、いまや従業員は単なる労働力、しかもなるべく安く使いたい・・・ならば外国人のほうがよほどいい・・・という発想だ。

こんな状態を加速させたのは、小泉・竹中コンビにまちがいない。グローバリズム、格差礼賛・・・その結果多くの負け組み企業・負け組み人間を生み出し、自殺者を増やし、自分に自国に誇りを持てない子供を生み出してきた・・・自分の国に誇りを持っている中学生が8.8%しかいない日本、なんかヘンじゃないか!

大体、自分だけ必要以上稼いで、そのぶんワリを食っている人間を生み出していて気持ち悪くないのか、アホンダラ!不真面目なやつはホッテおいてもいいけど、マジメにやってもどうしようもない状況に追いこまれている人だっているんだから、そういう人達にチットは吐き出したらどうか・・・

イカン、イカン書いてるうちにドンドン熱くなってきて脇道にそれているような・・・好景気が持続するかというテーマだったよね。ロナルド・ドーア氏は、?をつけている・・・理由は、個人消費を牽引するような材料がないから。 まあ、個人的には景気が悪くなろうが良くなろうがどっちでもいいんだけど、これ以上格差が広がって勝ち負けの距離が離れすぎてつながりも持てないようになるのはいやだし、思いやりのない勝ち組みを見るのも好きではないのでどこか見えないところで、こっそり稼いどって欲しい。

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2006年12月11日 (月)

低収入低支出生活

友人に「年収200万円で楽しく暮らせる生活術」みたいな本を出せば売れるよね!なんて言ってたら、なんと本屋さんに「年収100万円で・・・」・・・のところはタイトルを忘れてしまったのだが、早速購入してみた。

元銀行マンが著した本なので、けっこう説得力がある。100万というのは、一人暮しの場合なので、二人の場合は150万、三人家族で200万といった設定になる。

車を持っていると、年40万かかるので、まずは車をやめて自転車か徒歩にする。それが無理であれば、バイクにするというのは必須条件で、あと生保なんかも掛け捨てに切り替えるし、飲み会なんかは最初に貧乏暮らし宣言をしといてイヤな感じなく断る、その他電気・水道の節約術、食品は閉店前の安売り時間帯に行くなどなど・・・ことこまかに具体的な方法が記されていて、これならなんとか実行できるかなという感じで、せこせこケチケチしているみすぼらしさはない。

これが、子供のいる家庭になると教育費の問題とかでてくるけど、バッサリ塾なんかには行かさず親が教えることで、節約と親子の一体化が一挙両得になったり・・・

また、粗食にすることで病気になりにくく医療費の抑えられる・・・何より100万で暮らすスタイルを我がものにしてしまえば、リストラOK、年金の不安も解消、精神的にすごくラクになる。

自分に置き換えて、一番難しいなと思ったのは、やはり飲みごと・・・これを15000円くらいに抑えこむのはかなりつらい。タバコは吸わないし、通勤も自転車、医者にも殆ど行かないし、薬も飲まないので、そのへんはあまり使ってないからOKなんだが、ドリンク係数がやたら高いライフスタイルを転換するには肝臓がさらに悪化してドクターストップでもかからない限り無理・・・

でも、100万で楽しく暮らすことって案外できそう・・・という気はした。

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2006年12月10日 (日)

堕胎

昨日の岡部賢二氏(フード&メディカルコンサルタント)の講演で知ったのだが、日本は堕胎率世界一だそうだ。

中学生で処女を失っている子がけっこういるとも言っていた・・・昔はそうではなかったのに、今なぜそうなったのか?岡部氏はその原因に「食」があると、曰く「食が乱れると、性が乱れる」

動物性の食べ物は、元来その持っている波動が荒っぽい・・・体内でドーパミンという快楽ホルモンがつくられ、そのホルモンが刹那的興奮を呼び起こす・・・昔に比べて動物性の食べ物を多く取るようになったことと、性の乱れ→堕胎率NO、1との因果関係は深い。

一方、植物性の食べ物は、忍耐力・持久力・集中力を生み出す。ホルモン作用としては、セレトニン・βエンドルフィンといった、鎮静・鎮痛・幸せホルモンと呼ばれるような効果を発揮する。

最近の調査では、子供の学力低下、自分自身に対する自身のなさなども取り上げられている・・・そのすべてが食に原因があるとは思わないが、食を変えることで、思考が変わる→行動が変わる→人生が変わる可能性は大であると思う。

四季折々の素材を使った伝統的日本食が精神性の高い日本人を作り上げてきた。

粗悪な材料でつくった学校給食のパン、ハンバーガーそして添加物まみれの加工食品、愛情なし手間入らずの「袋の味」で育てられたら、結果として愛のないセックスに走り、自分を大事にしない、誇りの持てない人間になるのはある意味当たり前・・・

でも、食を変えることはその気になれば、誰でもできること・・・一年で人間の細胞はすべて変わるわけだから、今から変えれば、一年後違う自分に会えるかも・・・。

自分に自身が持てない、自分の国に誇りが持てない子が半分もいる情けない状態を変えるには、まず「食」からなのだと、再度認識させられた。

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2006年12月 8日 (金)

格差の拡大

「日本の論点2007」のなかの佐野眞一氏の論評を紹介しよう。

年に35000人が自殺する異常な国・・・自殺で回収3649件、大手消費者金融5社が債権回収のため借り手に生命保険をかけ、自殺によって回収できた件数である。自殺総数の1割以上が取りたてで命を奪われている。

就学援助受給世帯の多さ・・・文房具や給食費、修学旅行費などが払えない就学援助世帯が東京・足立区では42%にも達している。夏休みの間に体重が減っている子、そして学力も都内で最低ランクである。

一家4人が年収190万で暮らす家族、年金も払えず貯金もゼロの家庭、一週間に4日働いても17000円にしかならないパートの主婦、カードローンにはまって家を手放し自己破産した家庭・・・ひとたび「負け組み」になると、そこから2度と這い上がることが困難な社会・・・

「貧乏人は貧乏人らしくしろ」と言わんばかりのTV報道、小泉内閣の閣僚たちの「格差などない。格差は必ずしも悪いことではない」

人件費の安い離島を狙うコールセンター・・・長崎の五島にもオープン、まず方言矯正教育からなされるが、電話対応のストレスから一年以内で9割が離職する。IT版女工哀史だ。

以上、要点を羅列してみたが、いくら大臣が格差なんかないよって言われても「アル」としか言いようがない実態である。まったく格差がなく、みなが平等というのもありえないが、これ以上格差が広がっていってもなんとも感じない人がいるとしたら、アンタは人非人というしかないよ・・・。

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2006年12月 7日 (木)

真理の探求

人間は真理を探求する権利があると、オショーことバグワン・シュリ・ラジニーシが、1986年12月28日の講話で語ったこと・・・

だれひとり子供時代から、どんな宗教どんな哲学どんな神学にも条件づけされるべきではない・・・彼の探求の自由をこわすことになる。まわりのなかで信じられているすべてを疑い懐疑的になれるほど充分に強くしてあげなさい。                                                                    けっして信じることなく、むしろ知ることを強く要求するように・・・                                  そして何が起ころうと、どんなに長くかかろうと独りで自分自身で、その求道の旅に出るように・・・真理を見出す為にはその道しかない。

自分はキリスト教だ、ユダヤ教だ、イスラム教だ・・・と思いこんでいる人達、そういう人達はすべて信じる人たちだ、彼らは知らない。信じることはまったくの毒だ・・・知ることはやがて開花に至る。

真理の探求・・・あなたは誰にも真理とは何かを教えるべきではない。なぜなら、それは教えられないものだから・・・探求は難しいが、信念は安っぽい。真理は世界で最も価値あるもの・・・それを他者から手にいれることはできない、それを自分自身で見出さなければならない。

そして、その奇跡とは「私は、どんな信念の犠牲にもならない」と決意した瞬間、すでにあなたは、真理の道のりの半ばを旅していることになる。その決意が全面的なものであれば、あなたは真理のところへ行く必要はない、真理があなたのところへ来る。

いまのところは、全世界が信念、信仰のもとに生きている・・・だから眼の中になんの輝きもない。信念、信仰は偽りだ、それは砂の城・・・真理は永遠、それを見出すことはあなたも永遠の一部になるということ。

と、このように語った・・・これを読みながら、以前うちに来たことのある中学生のエホバの証人のことを思い出していた。その子は、「ちっちゃい頃から、ずっとそうだったので別に違和感はない」と言っていた。親も良かれと思ってそうしたのだろうが、その子の真理の探求の権利を奪っていることにもなるということか・・・。

目下、当方も真理の探求中ではあるが、探しても探してもなかなか見つからない・・・言葉としてこれが真理だというのがあったとしても、それは偽りだと・・・真理を求めるには追っかけるよりやって来るのを待つ・・・。

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2006年12月 5日 (火)

おひねり

昨晩のこと・・・ふれあい館という飲み屋でライブがあるというので寄ってみた。前回観た2バンドともう1バンドで、事は3バンド目の「サバイバル伊藤」の時に起きた・・・というか起こした。

そのバンドは、3人編成でヴォーカルはサバイバル伊藤という人であとキーボードとパーカッション。で、パーカッションが伊藤さんの息子で見たところ小学校4~5年生・・・この子がやたらとうまいので感心して観ていたら、あるお客がホステスにチップを渡すように一万円札をその男の子の胸に指しこんだのだ・・・そうしたら別のお客も千円札を指しこむ。

男の子は、うれしそうに顔を赤らめながら演奏を続けていたのだが、それを観ていたこちとらが、だんだんなぜか知らぬがムカムカしてきて、気がついたらステージに乗りこんで男の子の胸から札を抜き取るやいなや2枚とも引き破ってしまった・・・

今度はおさまらないのが、一万円を上げたお客でこちとらに向って汚れたセリフで噛みついてきたのだ・・・まあ、怒るのは無理ないなと思ったので、誤りはしたけれど怒りはなかなか収まらない・・・途中止めに入ってくれた人のおかげでいったんは静かになったものの、演奏が終了してもそのお客の怒りはどうしようもなく、皆の前で謝れというので、マイクを握って「子供なので、お金じゃなく別の方法で誉めてあげて欲しかった。でも雰囲気を悪くして申し訳なかった」と謝った・・・つもり・・・この時点では本当に悪いことしたとは思ってなかったので、そんな態度が出ていたのだろう。

それから、ますます怒り狂って収拾がつかんので、土下座までして謝った・・・先程止めに入ってくれた人もアンタが悪いと言い出したし(皆に対する謝り方が気に食わなかったみたい)、その人が相手をなだめているスキにその店を離れることにした。

今朝、昨日のことを振りかえって・・・なんであんな行動に出たんだろう?って考えてみると、根本的にお金に対する意識過剰・・・できればお金の価値をドンドン落としていきたいという思い・・・札ビラで子供を喜ばせようとする大人に対する不快感・・・

ともあれ、演奏中に暴挙に出たのは演奏者に対して失礼極まることだし、観客をいやな雰囲気にさせたことも悪かったし、お金をあげた人が怒るのも無理ないし、冷静に考えると当方が悪いと思うので、次回はきちんと謝りたい。

いやはや、アル中ハイマーの病状悪化か・・・。

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2006年12月 4日 (月)

半霊半物質?

以前、アセンションがらみの記事で半霊半物質というのを書いたことがあったんだが、ここ最近毎日100数十件のコメントが、この記事に対して入ってくる・・・しかもそれがすべて外国人なのだ。最初は読まずに(読めずに)削除していたけど、ウザイので投稿禁止の処理をすることにした・・・これってけっこうメンドくさい。それでも効果があるなら我慢してでも処理しようと思っていたが、やればやるほどかえってコメントが増えてくるので、削除の処理だけして様子を見ることにした。

問題はコメント内容だけど、悲しいかな英語がからきしダメ・・・I love youか、Fuck youくらいしか知らないときているので、チンプンカンプンなのだ。バッテンいい事なんか書かれているわけないと思うので、ひたすら削除するしかないのかななんて思うと、メンドくさくなったりしてブログ書くのもなんだかなーというカンジになのだ。

それにしても、なんでこの記事にばかり集中しているのか?ひょっとしてフリーメーソンのことちくったりしているところにひっかったのか?こういうときばかりは英語もちっとは勉強しときゃよかったと思わんでもない。      もしくは、いまから英語が堪能な女性の愛人を募集するという手もあるが、最近歯もボロボロ、顔もボロボロみすぼらしいことこのうえない状態ゆえに、つきあってくれるモノ好きはおるわきゃないし、思案投げ首状態・・・

ま、ほっときゃそのうち消えてくれるかもしれないので、しばらくは我慢して削除削除削除削除々々やるしかないか・・・。

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2006年12月 3日 (日)

ミロクの世

12月3日なので、ひふみ神示のことをちょっと・・・

「子の歳真中にして前後十年が正念場、世の立替は火と水ざぞ」                                「一二三(ひふみ)三四五(みよいず)五六七(みろく)ぞ、五の歳は子の歳ざぞよ」

という神示が降ろされている。この子の歳というのはいつのことを表しているのか・・・中矢伸一氏は、それを2008年だろうと推定している。段階としては、まず、ひふみの仕組み=この神示を地上に降ろし、因縁の人々に広め、それぞれに身魂磨きをさせて神が降りられるように足場を設ける。次に、みよいず=新しき時代の型を出すこと、すなわち「御代出ず」の仕組み。そして、みろく=この世を救済する仕組みに移る。

つまり2008年に、世の立て直しが始まるという解釈なわけだ。さらに、

「新しき 御代の始めの 辰の年 あれ出でましぬ 隠れいし神 かくり世も うつし御国の一筋の 光の国と  咲きそめにけり」

子の年が2008年なら、辰の年は2012年に隠れていたマコトの生神がおでましになる。そうなれば、2012年こそが、「新しき御代の始めの年」となるということ。

ミロクの世まであと僅か・・・まだまだ身魂磨きがお済でない方、ちーと急いだほうがイイかも・・・なんちゃって当方もこれからなんだけど。

ヒントは「一厘の仕組み」にあるということだけは解っているけど、その中身は何度この神示を読んでも答えは書いてないので、心で汲取るしかないんだって・・・。

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2006年12月 2日 (土)

天職

仕事を嫌々ながらやるというのは、最低最悪、充実感もなく、一生を台無しにする。

それが解っているから、本当にやりたい仕事を求める・・・が、しかしそこに行くには幾つものハードルがあり、呪縛の最たるものはオカネ・・・これをクリアしないと、どこにも行けない・・・と思いこんでいる。だから呪縛。

はや12月、これからTVゲームショップにとっては最大のかきいれ時なわけで、この期間ばかりは色々なことを考えずにまっすぐ稼ぎに走らねばならない。沢山稼げば、オカネの問題も解消に一歩近づく・・・なので嫌々じゃなく稼ぐことに喜びを感じて邁進すべし・・・そう言い聞かせつつ。

今考えていることも天職かどうかは、やってみて感じてみないと解らないし、がゆえに早くやって見たいという思いはつのる・・・すべてのハードルがハードルと感じなくなったらその時がスタートの時なんだろうが・・・

そんな迷い道くねくね状態で缶詰バーにふらふらと入ってしまったところ、心を見透かされたように「何、迷ってですか?色々言ってるけどそれって逃げじゃないんですか」ってマスターに突っ込まれてしまい、「そうだよな」とか思いつつ、転ばないように家路に着いた。

朝起きたら喉は痛いし、頭は痛いし、風邪がひどくなったようだが、今日はニンテンドーWiiの発売日なのだ。ちっとも気合が入ってない・・・イカンイカン稼がないと・・・。

ところで、天職って何? 本当の自分に会える仕事?自分の天職を見つけたとしたら、きっと今まで感じたこともないような感覚があるんだろうな、まったく違ったカンジでその仕事をしているんだろうな・・・充足感につつまれるんだろうな・・・。結果としていい仕事をするので周囲にも喜ばれる。 と、想像はつのるばかりではや58才、光陰矢の如しだよなー。

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