2008年5月19日 (月)

天使の料理

昨日、天使の料理と呼ばれている人の料理教室をやった。

ふつうといっても、マクロビオティックの料理教室しか経験はないが、いままでとは全然違い、事前にレシピの説明もなくいきなり、うちのお店にある野菜を使ってつくりだした。

また、こちらとも事前の打ち合わせも殆どなく、前日に電話でカンタンにやり取りしただけで、どういう流れになっているのやら解からないまま始まった。

なぜ天使の料理と言われているかというと、なにやら野菜達と対話をしながら直感でパパっとつくってしまうからなんだそうだ。話には聞いていたが、なにしろ今回が初めてなもんで、少々とまどいつつも、できあがって見ると、ナルホド!

なんか、適当に作っているように見えて、これがなかなかおいしい!かつ斬新!初めて口にするようなものばかり。といっても食材が珍しい(海藻サラダというやつは、初めてだったが)わけでもなく、組み合わせや味付けが珍しいのだ。

なにも味付けをせず、ただ、水菜と納豆をまぜただけのサラダや、べかなとごぼうのなかにドバっとブルーベリーヨーグルトを入れたサラダや、ごま油に塩、味噌を混ぜての白和え、それとカレー粉を混ぜたお焼きなどなど・・・

計量カップで測ったり、なにを何グラムというのも一切なく、自由におおらかにつくっていきつつ、でも時折入る説明を聞いていると、すごく理にかなっているというか、天地自然の理に沿った話として納得させられることが多い。

そんなわけで、参加したみなさんもおおいに喜んでくれて、是非次回もということになったので、また企画します。そのときは案内しますので、お近くの方は、一度体験して下さい。おもしろいよー。

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2007年5月21日 (月)

正念場

正念場がやってきたので、気持ち良く書ける状態になるまでブログは一時停止にしょうっと。

ホンジヤまたねー。

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2007年5月19日 (土)

塾長が農業に

発明起業塾の藤村塾長が、葉山から那須に引越しをしてから薪山(まきやま=塾長の造語)計画や、農業改革?計画を進めているとのこと・・・

薪山計画とは、なるべく電力や化石エネルギーに頼らない生活様式を採りいれようということで、1ha程度の山を買って薪になりそうな木を植える~5年くらい経ったところで薪にする。薪にしたぶんだけ又植える~いま、薪は1束400円で売られている。これを半額の200円くらいで売る~作業は、NPOかなんかをやっているorやろうとしている人に向って160時間働けば30万円の収入になるが、やらないかって感じで募集する~燃やすのは薪ストーブで・・・理由はこれだと燃焼効率が良く、結果都市ガスより安い経費でOKとなる。さらに薪ストーブは高いので手が出やすい安価なものを新たに作る(これはわけなくできるとのこと)

もうひとつの農業に関してだが、以前より塾長は農作業なんか大嫌いと言っていて当然問題意識は持っていたものの、自ら農業問題に切りこんでいくという姿勢は見せていなかった。他の発明家も農業分野に関わる人がいなかった~その結果、大型機械の導入、農薬、化学肥料の投入によって効率を上げることはできたが、環境保全という面においては多大な問題を起こすことになった。

一部の理念を持った有機農家は、効率の悪い、辛い状況で頑張っているが、多くの人は参入出来ないでいる~ここで、発明家が役割を発揮して、低効率、辛い有機農業を→楽しく効率も良い農業スタイルに変えることが出来たら、かなりの有機農家が生まれ環境保全もすすむだろう・・・という発想だ。

なにしろ、いままで千数百の発明をしてきた塾長のこと~その気になれば、新しい農業機械・器具の発明など朝飯前だろう・・・って傍観者になるのではなく、自分のテーマとしてもおおいに楽しみな分野なだけにこれからを期待しつつ主体的に関わっていければいいなと思った次第・・・

ちょっと、意外だった塾長の農業宣言であった。

以上、昨晩の発明起業塾でのお話・・・。

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2007年5月18日 (金)

消費者のタイプ

消費者の食・農に対する意識をタテ軸に、実際の買物行動をヨコ軸に置いて、

A:意識もあって、実際にお金を使う・・・積極派                                                     B:意識はあるが、お金は出さない・・・分裂派                                               C:意識はないが、自分の健康のためにはお金を出す・・・健康志向派                          D:意識もないし、お金も出さない、安けりゃOK・・・無関心派

これは、熊本大学の徳野さんの分類によるが、割合は、A5%、B52%、C16%、D27%となっているそうだ。他にもこの種の調査をしたところがあって、記憶はさだかではないが、概ね割合的には一致していたように思う。

一番多い層は、分裂派で半分を超えている。商売を考えるとき、この層をどう見るかがポイントのような気がする。AとDは、解かりやすく働きかけによってどう変わるものではない。Cは、とりあえずお金をもっていて自分の健康には気を使っている層なので、健康食品の通販だとか、デパ地下なんかを利用するのだろう。

Cは性格的に、言っていることとやることが違うタイプと、意識はあるけれど事情(お金、時間、おかれた状況etc)によって、思ったとおりにいかないという層が混在していると推測している。

スポットを当てたいのは、この層で条件が変わればというか、行動が不一致になっている障害を取り除いてやれば、Aの層に流れ込んでくる可能性がある。

その障害とは、価格が高い、近くにない、時間がないので一ヶ所で買い物をすませたいといったところか?実際に自分も、月、火は一人しかいないので、近くのス-パーで弁当を買って食べている。食品を裏返して添加物の入っていないものを見つけるのは至難のワザだ。

またCの層は、状況次第でコロコロ変わる日和見菌的な性格も持っており、うまく導くことができれば、オーガニック市場に入ってくると思われる。

あくまで、仮説なので実態は検証して見ないと解からない~検証の機会をもっと増やさないと・・・。

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2007年5月16日 (水)

食の文化祭

一昨日の新聞に載っていた。

発祥の地は、宮城県宮崎町~ここは「コンビニが一軒もない町」と町民が歎く人口6300人の小さな町・・・きっかけは1999年の特産品開発の会議で、民族研究家の結城登美雄さんが発案した。「ここでしか食べられないもの」「商品化されない味」~まず、ふだん食べている家庭の一品を持ちよってみよう・・・というところから始まった。

不安のなかのスタートだったが、1年目に800皿、2年目に1200皿の家庭料理が体育館にずらりと並ぶ~世間はおおいに注目し、3年目には町民がもてなし用に28種類、11000食の試食コーナーを設け長蛇の列をなす。

この動きに目をつけたのが、当時、大分の竹田市(荒城の月で有名)で地域づくりに関わっていた福岡県宗像市の森千鶴子さん(39才)~宮城の結城さんに弟子入りして、東北の”種"を持ち帰ると2001年た竹田市の女性らと、市内の商店街の空き店舗を舞台に「竹田の家庭料理大集合」を実施した。

その後、種は九州各地に広がり、確認しただけでも約30ヶ所でさまざまな花を咲かせている。

「うちの町には、これがない、あれがない」という、ないものねだりではなく、「あるもの探し」で、地域を見つめ、地域の力を引き出す。まず自分の足元にある地元に学ぶ考えかたを、結城さんは「地元学」と呼ぶ。地元学の対象は、自然、文化、歴史、人・・・「地元学の神髄は、見過ごされている日常のみ直しにある。食の文化祭は食の地元学。」

地元ならではの食材、そしてそれを加工・保存する日々の知恵、思い・・・それらを一堂に集めて、皆で愛で、食べ合う~いろいろな視線が交差して、日常的に接している家族だけでは見えない、「当たり前に食べているものの素晴らしさ」「地域の豊かさ」に気付く。

古賀市でも「古賀のみかんの文化祭」宗像市では「海、山、町をつなぐ文化祭」築上町の「築上漬物博覧会」~所変われば品変わる「あるもの」と「あるもの」が組み合わされ「新たなもの」が生まれる~結果として商品化され、町の特産品となったものもある。

森さんは「何より大切なのは、人や地域に蓄積された技に光が当たって評価され、皆が元気になっていくこと」と語っている。

現代では、食の外部化、商品化、簡便化が進展した結果、豊かで便利な暮らしを手に入れたはずなのに、食べ物と人、人と人の関係性は明らかに貧しくなっている。

共に食べ、共に語らうことで豊かさを増す人生。食の文化祭は、そんな「共食の力」を教えてくれる。

~この特集記事は先日の古賀の食育イベントの講師、佐藤弘さんがまとめたものだ。

やったことはないが、エコパーティなどと称して、みんな自慢の1品を持ちよってというのは、ご近所さんなり各地域で催されているという話しは聞いたことがある。

今回、紹介されたのは、なんでもOK。エコとかマクロとか、なんにも気にする必要はない食の祭典だ。なので、長蛇の列ができる~食と地元を交差させるだけ、これに小難しい理屈を加えると一気に楽しさが沈む~そこに「食育」の難しさがあるのかも・・・。

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2007年5月15日 (火)

神との対話

著者と神との対話を綴ったもの~そのなかから、今の自分にピタっときたもの・・・

考えは創造につながる                                                          言葉は創造につながる                                                     行動は創造につながる。また、考え、言葉、行動は創造の3つの段階だ。ここまではわかるかな?

はい、そこまでは

よろしい。では、ここで「世間的な成功」をとりあげよう。あなたは、「世間的な成功がしたい」と考えているか?

ええ、ときどき考えます。

「もっと金が欲しい」と考えるか?

ええ。

だから、世間的な成功ができず、もっと多くの金も持てないのだ。

どうしてだめなんですか?

なぜなら、宇宙としては「あなたの考えをそのとおり」実現するしかないからだ。あなたは「世間的な成功がしたい」と考える。わかっているだろうが、創造力は瓶のなかの魔法使いのようなものだ。あなたの言葉は命令だ。それはわかるかな?

それで、どうして成功できないんですか?

あなたの言葉は命令だ、と言っただろう。あなたの言葉は、「わたしは成功したい」というものだ。だから、宇宙は「よろしい、あなたは成功したい」と言う。

まだ、よくわかりませんが。

こう考えてごらん。「わたし」という言葉は創造というエンジンをスタートさせるキーだ。「わたし」という言葉は非常に強力だ。宇宙への宣言、命令なのだ。さて、「わたし」という言葉(これは「偉大なるわたし」を呼び出す)は物理的な現実を生じさせる。したがって、「わたし」+「成功したい」で、成功したがっているあなたが生まれる。他のものは何も生まれない。なぜなら、考えと言葉は創造につながるから。行動も創造につながるから。だから、あなたが成功したいとか金が欲しいと言い、そのように行動すると、あなたの考え、言葉、行動が揃って、あなたは確実に、その「欲しい」という状態を経験する。わかったかな?

そうなんですか、神様。こりゃ驚いたなーーーほんとうにそんな仕組みになっているんですか?

そのとおりだ!あなたは非常に強力な創造者だ。

神様、ありがとうございます。

~何度も何度も表明された考えや言葉は、そのとおりに表される。つまり、外部へと押し出される。外部で現実化される。あなたの物理的な現実になる。

~現実を変えるには、いままでのような考え方をやめればよい。この場合、「成功したい」と考えるかわりに、「わたしは成功している」と考えることだ。

~プラス思考の最高のかたちは、感謝の言葉だ「人生で成功させてくれてありがとう、神様」そういう考え、思いを口にし、行動すれば、すばらしい結果を生む。結果が欲しいからそう言うのではなく、結果がすでに生じているとほんとうにわかっていて口にするのであればうまくいく。

~人生で何かを経験したければ、それを「欲しい」と思ってはいけない。それを選びなさい。あなたは世間的な成功を選ぶのか?もっとたくさんの金を選ぶのか?よろしい。では、それを選びなさい。なまはんかな気持ちではなく、実際に思いきり選びなさい。だが、あなたの発達段階であれば、「世間的な成功」にはもう関心がなくなっていても不思議ではないのだがね。

それは、いったいどういう意味ですか?

どの魂にも、物質的な身体の生存にではなく本質的ないのちの成長に、世間的な成功の達成ではなく自己の実現に主要な関心を持つ発達段階が訪れる。ある意味では、これは非常に危険な時期だ。とくにはじめが危険だ。なぜなら、自分は身体のなかにあるいのちであって、身体そのものではないことに気付くからだ。

~精神は身体を捨て、身体に関わるすべてを捨ててしまう。何もかもが無視される。他との関係も放り出される。家族は消えてしまう。仕事もおざなりになる。長い間、食事すらしなくなってしまう。本質的な命の関心は、魂に関わることがらだけに向う。

~日々の暮らしのなかでは大きな危機につながりかねないが、精神にはなんの傷跡も残らない。精神は至福のなかにいる。まわりの人はあなたが精神に異常をきたしたと言う。

~あなたは身体、精神、本質的ないのちである霊魂という3つの部分からなる存在だ。身体は、精神によってコントロールできるかたまり・・・で、じつは精神が身体を動かす主だ。精神は「自分とは何者か?」と考えつづけることで新しいあなたという物質を作る。あなたの身体のすべての細胞は、数年毎に入れ替わる。あなたは、・・・文字通り数年前とは別人なのだ。

~あなたが、病気について考えると(あるいは怒りや憎悪、否定を続けていると)、あなたの身体はその思考を物理的なかたちに変える。魂は一部始終を見つめながら、いつもあなたについての真実を持ちつづけている。魂は決して青写真を忘れない。元の設計図を、最初の意図を、創造的な思考を忘れない。魂の仕事は、あなたにその青写真を思い出させること、ほんとうの自分を思い起こさせること、そして、こうありたいと思う自分を選ばせることである。

すごいな!

~あなたがほんとうにしたいことを、どんどんしなさい!ほかのことをしてはいけない。もう、あまり時間はない。生活の為にしたくもないことをして、人生の時間を無駄にしようなどと、どうして考えるのか?そんな人生がなんだと言うのか?そんなのは生きているのではなく死んでいるのだ!

~あなたが、「しかし、しかし・・・わたしには扶養しなければならない者がある・・・わたしを頼っている配偶者がいる・・・」というなら、答えよう。人生とは身体がしていることだと主張するなら、あなたはどうしてこの世に生をうけたのかを理解していない。少なくとも、楽しいことをしなさい。それなら、あなたが何者であるかを語ることになるから。

~そうすれば、少なくとも、ひとを恨んだり、怒りを感じたりしなくてすむ。身体の行動は、存在のある段階を達成しようとする魂の試みではなく、存在のある段階を反映しているだけだ。

~高い意識を持った人の場合には、魂の決定が先で、そのあとに身体の行動がくる。無意識な人間だけが、身体の行動を通じて、魂のある段階を生み出そうとする。これが、「あなたの人生は、身体のすることではない」という言葉の意味だ。だが、あなたの身体がすることはあなたの人生の反映である、というのは真実である。

~他のことは理解できなくても、次のことだけは覚えておきなさい。あなたがたには楽しむ権利がある。子供があろうとなかろうと、配偶者がいようといまいと、楽しみを求めなさい!楽しみを見出しなさい!金があってもなくても、楽しい家庭はできる。もし、家庭が楽しくなくて、あなたを捨てて出ていこうとしたら、家族が自らの楽しみを求められるよう、愛情を持って手放してやりなさい。

~いっぽう、身体に関わること関心がなくなる段階まであなたが発達しているとしたら、天国と同じように地上でも、もっと自由に楽しみを求めることができる。神は幸福になることは良いことだという・・・そう、仕事においても幸福になっていい。

~あなたのライフワークは、「自分が何者であるか」を宣言することである。そうでなければ、どうしてライフワークなのか?あなたは、何かをしなければならないと思っているのか?

~しなければならないことは何もない。

「どんな犠牲を払ってでも、自分の幸福を捨ててでも、家族を支える男」があなたであるなら、自分の仕事を愛しなさい。なぜなら、仕事が自己の生きた表現になるから。「責任を果たすためにいやな職業についている女性」があなたであるなら、その職業を愛して、愛して、愛しなさい。それがあなたの自己イメージをしっかりと支えてくれるから。誰でも、自分がなぜ、何をしているかを理解すれば、なんでも愛することができる。

~誰も、自分がしたくないことはしない。

少々、長い引用になったが、途中で止めると意味がつうじなくなりそうで、ここまで引っ張った。自分の発達段階はまだまだ身体にかかわることに関心が残っているので、自由になれてもいないし、自分のライフワークがなんたるかも、いまだに不明瞭である・・・ということは、「自分が何者であるか」がよく解かっていないということでもある。が、しかしどう行動すればいいのか?何に従って生きていけばいいのかの道筋はうっすら見えたような気がしないでもない。

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2007年5月14日 (月)

お米

先日の食育イベントの講師である佐藤弘さんは、1キロ600円のお米を食べているそうだ。

我が家は1キロ500円で知り合いの農家から買っている。完全無農薬ではない~それを三分づきで食べている。孫も玄米はダメだけど、3分削るとおいしいと言って食べる。

それはおいといて・・・当日、講師がキロ600円は高いか?来場者に問うてみたら、すかさず「高い」という声がかえってきた。そこで、お茶碗1杯に換算して、1杯30円だが、それでも高いか?って聞きなおしたら今度は黙って聞いていた~ポッキー3本のほうが高いんだよーとダメ押しもして・・・。

さらに、なぜお米を食べたほうが良いのかっていう理由について・・・それはたくさんとれるから~野菜は連作障害とかあって同じ場所で毎年つくれないが、お米はOK。

だけど、お米の消費量は年々減って、一人当たり年間60キロしか食べていない・・・これは45年前に比べて約半分。

~もっと、みんながお米を食べるようになれば自給率もポンと上がるのに・・・ここまで話したところで、それまで黙って聞いていた年配のかたが、それはアメリカの陰謀だ!と、パンと脱脂粉乳のミルクをあてがわれた少年時代にさかのぼり熱く語り出した。

ともあれ、そのお米も日豪EPAの行方如何では、生産者も窮地に追いやられるかもしれないし、一説では今年、北陸~東北では凶作の予想も出ていたりして・・・

お米は絶対守っていかないと、イカンでしょ・・・瑞穂の国の住人としては。先人にも、これからの人にも申し訳が立たんよな。

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2007年5月13日 (日)

食育イベントvol、3

本業が大ピンチなので、のん気にイベントなんかやってる場合かよって思いもあったけど、やれるところまでトコトン行こうと腹を決めて~今回のテーマは古賀市の農業の活性化と地産地消。

西日本新聞社の佐藤弘さん(特集「食卓の向こう側」で一躍、食・農分野で時の人に)の講演で、地産地消の必要性、農業の実態などについて共通認識を図ったあと、生産者・行政・JA・議員そして一般消費者もまじえて交流会を行った。

そこで、浮き彫りになったものは、

①農業に意識が高く、かつ健康にも気を使い、実際に米、野菜などにお金をかけている人があまりにも少ない(5%程度)                                                          ②産直の売り場に若いおかあさん達はあまり来ていない。スーパーで、買っている人が殆ど。           ③古賀市の自給率は11%程度で、全国平均よりかなり低い                                ④耕作放棄地は県内ワースト4位                                               ⑤産直売り場以外で地元産のものを売っているところがどこにあるのか、知られていない               ⑥学校給食のお米は地元産のものを使っており、ご飯の日も週4日で平均より高い                 ⑦消費者の意識が変われば(質の高い米・野菜を求める)、生産者はそれに沿って作るので供給面は心配無用                                                                    ⑧地産地消、自給自足、環境保全のことなど、消費者にいかに自分のこととして考えるようになってもらうように持っていくかがカギ。                                                     ⑨国は構成比1,1%の農業のことより、基幹産業を優先する。                              ⑩多くの人は、食の安全・安心のことについて耳をふさいでいる。聞くと、食べられるものがなくなり、怖いので聞かないようにしている。                                                      ⑪若いお母さんは、伝統的な料理法を知らないし、時間をかけてこどものためにいい食事を作ろうという気概も持っていない人が多い。                                                    ⑫「弁当の日」の取り組みは全国の実施校の半数は福岡県が占めている(30校)

などなど・・・今回も解決の糸口を見出すところまでは行けなかったが、実態はある程度把握できたので、これからじっくりと方法論を煮詰め、実践に移していかねばならない。

一度に解決することはできない~ステップ・バイ・ステップで根気良く・・・。

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2007年5月11日 (金)

FC契約解除

未払いがもとで、とうとう19年目にして「わんぱくこぞう」チェーンからはずれることになった。

いままでなら、契約を切ると言う最終手段に行く前に、話し合いで温情的な対応もしてくれていたのだが、仏の顔も三度までじゃないが、本部の体制もドライにならざるを得ない状況であるらしく、ついに引導を渡された。

これからは、FC本部のノウハウに頼らず自力でなんとかやっていくしかない。相棒のヒロシ君も不安げな様子だが、メゲているヒマはない。天の思し召しととらえ、2人でつぶれないよう自力再生の道を歩んで行こう。

今日来た本部の人とは、こういう話しのたびに会っているわけだが、本部自体ここ数年吸収合併の波にもまれ、主導権を他チェーン出身者に握られ、ストレスから昨年は円形脱毛症になったとのこと。立場こそ違えみなさん苦労してるんだなと・・・

それで、これからどうするか・・・最高のシナリオは、なんとか現状売上を維持して銀行借入れを完済し、ヒロシ君にバトンタッチするところまで漕ぎつける。その段階で次のステップに移行できれば最高・・・

最悪は、じり貧~悪循環の渕にはまり込み、相棒もヤル気を失い離脱~またひとりでやる~身動き取れず次のステップに行けない~ジ・エンド・・・

まーこれも必要にして必然のことなので、ありがたく受けとめさせていただくことにする。気持ちだけは前向きに・・・。

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2007年5月10日 (木)

食育アンケート

5月12日に開催予定の食育イベントのテーマは、「古賀市の農業を考える」だが、それに先駆けて新しく市議会議員になられた方にアンケートをお願いしていてその回答がまとまった。

20名中、回答者は8名・・・ウーン意識はまだまだですねー。

設問は、                                                                   ①食育の総合的な取り組みについての具体策                                       ②農業の活性化について・・・国の施策は小規模兼業農家にとって厳しい内容だがその対策は?         ③学校給食について・・・今はセンター方式だが、自校方式への移行については?                 ④弁当の日について・・・古賀でも取り入れるべきか?                                   ⑤家庭ごみのリサイクルについて・・・市として取り組むべきか?                                                              ⑥地産地消で地域の自給率を高めていくには? 

①に対しては、食に関する啓蒙活動の必要性が、最も多くその他、食育担当室の設置、行政以外の公共的団体が運営するレストランの開設、市独自の食の基本計画・条令づくり、食の循環システムの構築~廃棄物のバイオマスエネルギー化など・・・

②は、回答保留が多かったが、兼業農家への自立支援策として、農機具購入への一定の補助、営農指導面での情報提供など・・・

③は、現給食センターができてから8年しか経過していないこと、市の厳しい財政状況などを考えると、段階的に自校方式へ移行という答えが多かった。ひとり共産党市議のみただちに移行とあった。

④は、「弁当の日」そのものについては、ひとりを除いて全員認識していた。ただし、導入については賛否は半々に分かれた。慎重派は家庭事情に対する配慮から学校長に委ねるといった意見が複数回答あった。

⑤は、取り組んで行くが5票で、考えてないが3票、賛成派のなかにも、生ごみの中の不純物の分別問題、堆肥の活用場所の問題など現実問題には慎重にといった声もある。

⑥も、回答保留者が多かった。具体策となるとなかなか難しい問題ととらえているのだろう。

概略以上だが、答えていただいたかたは、選挙戦のさなかにもかかわらず貴重な回答をいただき大変ありがたく感謝しております。

さていよいよ、本番を明後日に控え、どのような手応えが得られるか・・・いままで、行政のかた、農業委員長、産直売り場の館長、農業女性委員会のかた、そして市会議員のアンケートと古賀の農業に関する各セクションの声は集めてきた~当日来られる一般消費者、農家のかたがたとどの程度まで、テーマに沿って深められるか、今から楽しみである。                                                                                                 

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2007年5月 8日 (火)

オルタナティブ

進むか退くか、右か左か?じつはどちらでもない第3の道が正解だったりする。

頭を柔らかくしていないと、オルタナティブな第3の道は見えない。いま、自分に振りかかっている問題はTVゲームショプどうするの?っていう問題で、またまたまたまた未払いを生じてちゃんと払わないと商品止めるよって詰め寄られている。ヤル気も情熱も希薄になっているので、本音はどうにでもしてちょうだいと言いたいところだが、商品止められると息の音も止まる。

なので、お代官様お慈悲をーってすがるとともに、本気のヤル気を見せて納得させないとマジで止まりそうな状況なのだ。ところが、そんな嘘八百を言いたくないしどうしたものか?

いま、この商売以外に借金返済&生活&次のステップへ移行する手段は無く、土下座してでも出荷停止などという強行措置に出てもらっては困る~以前のようにまた一人で人件費をかけずに頑張るしかないか・・・

TVゲームショップを、死守するにはそうするべきだが、そうなると次のステップの準備ができない。TVゲームショップを潰さずに次の準備をするというのがこれまでの筋書きだったのに、現実は思うとおりに行かない。

この状況における第3の道とはどういう道だ?まだこれだ!っていうものは浮かんでこない・・・基本はこのあいだ書いた通り「どうにかなるさ」なんだが、FC本部にはそんなことは通用しない。

誰か、いい案あったら教えてくれる?

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2007年5月 7日 (月)

正義か和か

先日の話し・・・古賀市にも産直売り場があるが、ここには地元の農家が慣行農法で作った野菜が当たり前のように並べられている。が、ごく一部有機無農薬野菜も置いてある~それとは表示せずに・・・。

それを聞いた若手野菜引き売り業者が、「それはおかしい、なぜちゃんと無農薬と表示しないのか」と、それに対し「そこに疑問を持つことがおかしい」と答えた。答えた方も自然農に近い有機農家である。

聞いてたこちらは、どちらにも一理あると思い黙って聞いていた。産直売り場とはそういうところなのだ。殆ど慣行農法で占められているところで、自分だけ無農薬でございますと自己主張できない、それがいやなら出品するなと・・・

どちらが正論かと言えば、若者のほうだろう。

ここで加味しないといけないのが、日本人の体質で、よく言われるとおり日本人は農耕民族なのだ。農耕民族は騎馬民族と違って移動はしない。土地と隣人は固定化される~ここで重要視されるのは正義より和。

聖徳太子も「和をもって尊しと為す」と言った。いくら正しいからといってゴリ押しするとはじかれる。

不二家も雪印事件も、この延長線上にある問題とも言える~ただ、平時にはいいが世の中が激変するような局面においては、これではいけないと思う~それが解かっていたのが戦国時代における織田信長ではないだろうか・・・彼は徹底的に実力主義を貫き、論理性を優先して天下をっ取った。

農業の問題もいままでは、みんなで渡れば怖くないと言った「和」優先で良かったが、これからはそうとばかりも言っておられないような時代が来ると思う。

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2007年5月 6日 (日)

朝市&畑

前回、雨で朝市が流れて今回も昨晩の予報では降雨率80%なのでどうしようかなと思ったけど、なんだか知らないけど晴れるような気がしたので、エイやっちゃえ!と強行したら、ナント朝市の時間帯だけ雨雲が我慢してくれて催すことが出来た。

そのかわり、朝市を終えての畑仕事のときは、さすがに我慢できなかったのか、最初はパラパラが最後はボトボト降り出してパンツまで沁みこむくらい濡れてしまった。だけど、雨のおかげでみんな早く終わらせようとサクサク働いたので予定通りカボチャの種まきは完了した。

今回から、朝市の段ボールコンポストの展示も始まって、まがりなりにも食の循環の入り口から出口までを表現できることになり自己的には満足~まだ共同農園にはコンポストを投入してないけど、そのうち、朝市で見た人が自分もやりたーい、畑もやりたーい、どうせやるなら自分家の生ゴミを堆肥化して畑に入れたーいとなるはずだ。

段ボールコンポストをやっているスーさんは、さらに種にもこだわってF1じゃなくやっぱ自家採種よねと言い出すだろうし、なんせアマチュアだからできる気楽さでなんやかんや試してみたいぞと・・・

だんだん、「わくわく朝市」&「わくわく農園」のタイトルどおりワクワク感が出てきたぞ。

コンポストを

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2007年5月 5日 (土)

どうにかなるさ

またまた、フランチャイズ本部に対する未払い額が許容範囲を越えてしまいプレッシャーをかけられている。

相棒とも相談し、これ以上未払い額が増えない様に頑張ろうぜと誓い合った。ちょっと気を抜くとたちまち窮地に追いこまれるし、冗談じゃなくここで本気を見せないと本当に出荷停止もありうる・・・過去にも何回かこうした状況になり、そのつど本業に引き戻されてきたので、今回もまた?みたいなヤナ感じがよぎったが、ここをなんとか乗りきりゲームショップは若い者にまかせて、自分は今取り組んでいる食育モデルショップ構想実現に向け邁進して行きたい。

もし実現が叶わないとなれば、それは自分の役割と違うってことで、そのときはそれにふさわしい人にやってもらったらいい。

とにかく、ことあるごとに立ち止まって考えて、コレだ!と決めたことを突き進んでいくしかない。

どうにかなるさ。

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2007年4月29日 (日)

畑開き

食育を考える会の共同農園「わくわく農園」が、今日からスタート。

今日来れたのは、男5人で5畝程耕してかぼちゃが植えられる準備をした。久しぶりの畑仕事であり、天気も良かったので5~6時間の農作業が凄くヘビーで完璧にばてた。昨晩は今日のことがあるので、お酒も12時前に切り上げて臨んだからなんとかなったものの、いつものような二日酔い状態では仕事にならなかっただろう。

草刈機や管理機といった機械があったので、とりあえず本日予定していたところまでは終わらせることが出来て、ひとまずOK・・・残りの5畝は、各人が好きに使えるフリースペースなので、次回元気が残っていたら、大豆と雑穀は植えたいなと思っている。

今回は、経験者がひとりいてくれたので、スムーズに運んだが、次回は来れないようなので、素人ばかりでなんとかやるしかない。前回予定していた畑開きの日が雨にたたられ、今日はなんとしてでもこの段階まではやっつけておかねばならないという思いが強く、まったりと楽しんでという雰囲気とは程遠かったが、次回はもっと楽しみながらやろう・・・じゃないとソッコーくじけてしまいそう。

しかしながら、ひさしぶりの農作業はやはりいいもので、なんというか心地よい充実感を感じている。さて、これからどうなるか・・・わくわく朝市で売れるような状況になったら、俄然楽しさが増幅してくるのだろう。

農園参加者も募集しているので、お近くのかたは、是非一緒に汗を流しましょう。

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2007年4月28日 (土)

妻との修復

月間「現代」5月号・・・嵐山光三郎の「しょせん夫婦は薄皮一枚」最終回を読んだ。これがけっこう面白い。

夫婦には三つのタイプがある。①仲の良い安定した夫婦②破綻して修復不可の夫婦③破綻寸前で首の薄皮一枚でつながっている夫婦~①②は正反対に見えつつもじつは同質であって、一見仲の良い夫婦がさっさと別れて「ずっと昔から仮面夫婦でした」などと言ったり、あるいは②の破綻した夫婦が、根が深いところで深くつながっていて、憎しみながらも仲が良かったりする。夫婦には当事者でなければ理解しえないジグソーパズルみたいな関係があり、バラバラなくせに一枚の絵に合体する。

せんじつめれば、殆どの夫婦が③首の薄皮一枚でつながっており、ここに夫婦の妙がある。男と女が結婚すれば、なにかと問題をかかえるようになり、波瀾含みで離婚しない夫婦は当人でさえわからぬ「見えざる念力」で結ばれ、歎きながらもこんがらがった不条理を愉しんでいる。

戦後の無頼派作家とよばれた太宰治、坂口安吾、織田作之助、壇一雄といった作家たちの波乱万丈生活は、その根底に「妻恋い」志向があった。家庭をかえりみずに放蕩しつつも、見かけとは裏腹に愛妻家で、ことあるごとに妻との修復を考えている。空漠を生きる自己検証として、意図的にメチャクチャな人生サーカスを演じていた。

どれほど、かわいらしい娘でも、結婚して7年たつとおばさんになる。14年で妖怪、21年で鬼婆になり、28年で超獣となって、それ以上たつと手のつけられない神様となり、これを俗にカミさんという。

四人の無頼派作家のうち、一番早く死んだのはオダサクこと織田作之助で34才で夭折した。一枝という妻がいたが、オダサクが31歳のとき、子宮ガンで死んだ。「夫婦善哉」が売れて、迷惑をかけた妻にようやくこれからというときに死なれた。結婚して5年目のこと・・・

一枝が死んだとき、オダサクのココロも死んでいたのだが、世間にはダメ男好きの女がいて、女優志願の輪島昭子が近づいてきて同棲した。オダサクと暮らして、おたがいにヒロポンを打つうち、自分もヒロポン中毒になってしまった。

昭子は献身的にオダサクにつくし、看病に努め、死を見とったが、正式に入籍しなかったため、織田の遺族から冷たくあしらわれ、一切の財産にも権利なしの念書にサインさせられた。葬儀には太宰治がきて追悼文を仏前に供えた~織田君は死ぬ気でいたのだ。かくべつ深い付き合いがあったわけではないが、織田君の哀しさを、たいていの人よりも、はるかに深く感知していたつもりであった・・・と書かれていた。

「織田君の哀しさ」とは、オダサクが妻一枝を喪ったことである。この年、太宰は妻子と別居して、愛人と暮らしており、太宰もまたオダサクと同じ状況にいた。

オダサクは、亡妻一枝の骨がいとおしくて、身辺から離せず、昭子と同棲してからも持ちつづけ、かつ机の上にも一枝の写真を置いていた。昭子はこのことが頭から離れず「やっぱし私と別れて、死んだ嫁はんのところへ行ってしまったの」とよびかけた。

男は一度、自分の籍に入れて同姓になった女が忘れられない。これは籍という制度が持つ魔力なのだ。結婚した女の姓が自分と同一になるのは、肉体的快感とは別次元のエクスタシーである。女も同じであって、一枝は織田と一体になりたかった。織田姓になりたかったのに一枝の骨を抱いて離さぬオダサクの「妻との修復」がゆるせなかったのだ。

では、一枝が長生きすればどうなったか、と考えると、これはけっこうこわい。ダメ夫につくした妻は、晩年は猛妻になる。じゃあ、と考えると答えはひとつ。妻が若死にするしかない。一枝はいいときに死んだ。さらにその上に行く為には、婚約中の女が死んでしまえば良い。清らかな思いでだけが残り、これを「寸止めの人妻」という。堀辰雄の「風立ちぬ」のモデルとした矢野綾子がそのひとり~「風立ちぬ、いざ生きめやも」これはあらゆるおやじが若き日々に夢見る「愛の生活」であるが、薄幸の死を遂げずに長生きしていたら恋愛小説としては成立しない。

このほか、「婦系図」の泉鏡花を理想的夫婦として紹介し、山内一豊の妻をでっちあげの美談として、実際は金銭欲が強く、ケチで評判が悪かった~夫をしかり自分の思うまま操縦した教育妻であるとこきおろしている。

歴史上、「人妻のカガミ」としてたたえられた女性は、まず「一豊の妻」系といってよく、評判は、実像の反対であるから信用ならない。

最後は、全国のおやじ諸君に妻との修復を祈る・・・・と結ばれている。

我が家も典型的な薄皮一枚夫婦と言える・・・一緒になって35年、過去に危機は何度もあった。寸止め夫婦とも言えるので、余程 「それを言っちゃーオシマイヨ」という一言には注意をはらわねばならない。熟年離婚とかもあるし・・・どうみてもカミさんのほうがキップがよくてこちらはメソメソ系みたいなので、捨てられないように。

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2007年4月27日 (金)

団塊世代のセカンドライフ

堀田力氏がすすめる「団塊世代のセカンドライフを充実させる10か条」

1、したいことを持つ                                                                  2、人の役に立つことをする                                                            3、人に感謝する                                                                    4、配偶者と語らい、楽しむ                                                             5、楽しい仲間を持つ                                                                  6、資金計画を含め安心できる人生設計を立てる                                               7、おいしいものを食べ、飲む                                                           8、体を動かす                                                                      9、世間体にとらわれない                                                            10、いつ死んでも悔いのないように暮らす

と言っている。おおむね異論はないが、6、7はあまり重視していない。それよりも、粗食にして足るを知る精神で、PPK(ピンピンコロリ)と行きたいもんだ。お金は、人が困っていることを解決してあげたり、喜ぶことをすれば結果として生活に困らない程度には入ってくるでしょ。

注意すべきは、いつまでも明るく元気にお酒が飲めるよう、節度を持った飲み方を覚えること・・・ブレーキがなくてアクセルだけみたいな飲み方でここまで来たけど、流石に最近は翌日のダメージがきつくなった(今日もそうだが・・)友達からも注意されてるし・・・。

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2007年4月26日 (木)

五戒

初期の仏教徒が日常的に守らなくてはならない規範のことを「五戒」という。

①不殺生・・・生き物をいじめたり殺したりしない。                                               ②不偸盗(ふちゅうとう)・・・盗みをしない                                                       ③不邪淫・・・不倫をしない。出家の場合はいかなる異性ともHをしない                                       ④不妄語・・・うそをつかない。有言実行                                                   ⑤不飲酒(ふおんじゅ)・・・酒を飲まない

5番目の不飲酒だけは仏教独特のものらしい。厳密な意味でこの五戒を守っている人はこの世の中にどのくらいいるのだろう。昔は全部×(さすがに②はしていない)だったけど、いまは⑤以外はOK(④の有言実行は?だけど)(①もごきぶりは殺す)

昔のお坊さんもいい加減なもので、酒のことを般若湯(智慧の涌き出る湯)といったり、魚も鶏も名前を都合のいい名前に変えてガブガブ・パクパクやってたらしい。インドのバラモン教の人達も魚肉は食べないことになっているが、海藻でもない魚介類を「海の野菜」だと言って食べている~しかも彼らは、菜食主義者と自称しているというから恐れ入る。

こうした姑息な言い換えをしている連中に比べると、親鸞は釈尊以来の不淫の戒を破っておおっぴらに妻帯しているから実に潔い。

最近は目もだめ、歯もガタガタ、魔羅はまら大丈夫だけど、除々に清い精神になってきたので不邪淫はしていない・・・こういう言い換えも潔くはないか・・・。

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2007年4月24日 (火)

竹の子掘り

毎年、友人のお山で竹の子掘りをさせてもらっている。昨日お誘いがあったので、行ってみたら去年と違ってアッチにもこっちにもという感じで、あっという間に沢山の竹の子が取れた。

そこに行く楽しみのひとつに、ふくろうの巣がある。大きな木の真中にうろがあって、そこに卵を産んでいるので、先に友人が覗いてみたら・・・・いたいた!小さくて、真っ白い、目が半分開いたような開かないような2羽のふくろうの赤ちゃんが・・・

前回は、まだ卵の状態のときに見つけて、ヒナに孵る頃又見に行こうとしてて、行ったときはすでに巣立っていってたので、見ることはできなかった。なので、今回が初めてのご対面・・・デジカメ持ってないし貼りつけるワザも持ってないのでお見せできないのが残念だけど、チョー可愛かった。

昨日は、息子の誕生祝いを予定していたので、そそくさと山を後にして我が家へ帰った。土産にもらった竹の子をご近所におすそ分けして、久しぶりに会う息子と共に中華レストランへ~

梅の花というお豆腐メーカーが展開しているお店で「チャイナ梅の花」というところ・・・ふつうの中華料理店にくらべオシャレで、メニューもちょっとちがう。家族は妻も息子も、娘も孫もみんな平気で肉が好きだし、お腹一杯食べてそれなりに満腹度も満足度もあったのだけど、帰り着いてレシートを見たらフィレ肉のなんたら一人前3000円とかも含まれていて・・・旬で採ったばかりの竹の子と比較してはいけないけど、そのギャップ(価格0円の体にイイものと、高くて体には良くない肉)になんだかなーと言う気持ちになった。

主役は息子なので、それに合わせたのだが、7才になる孫も野菜より肉をってかんじなのが気になる・・・って言っても家族からの信用がからきしないので、こちらが直接言っても説得力はない・・・さりとて、さりげなくこの本イイよって置いといても読んだふうでもないし、なかなか手強い。

まあ、いつか気がつくでしょ。

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2007年4月21日 (土)

ちょっとイイ話

昨日、友人と如水庵でコーヒー(お菓子をなんか買うと、コーヒーは無料)を飲んでたら、友人の友人が小学6年の息子サンを連れて入ってきた。

その友人を探しに来ていたようで、見つかって良かったといいつつ「息子が野球を始めるので、バットを買ってやりたい・・・そこで、お願いだけど500円恵んでください」隣で聞いていた自分も、つい吹き出して500円差し上げた。

「ありがとうございまーす」の言葉を残して、次へと向った。こうしてバットを買えるだけのお金を集めて、なんとか息子さんの希望を叶えてあげるのだろう。

立ち去った後、思った。なんか凄く懐かしい感じを・・・いまどき、サラっと恵んでって言える人がいたのだ。おそらくこんなカタチでバットを買ってもらう子供は殆どいないにちがいない。

子供のために、頭を下げてまわる親父もステキだけど、一緒についてまわる息子さんもステキだ。

昔は、こういう風景もあったような・・・ひさしぶりホッコリ暖かい気持ちにさせていただいた。

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2007年4月20日 (金)

手をつなご

最近、思うこと。

それは、手をつなぐこと。スクラム組むことの大切さっていうことなのかな。自分を含めていわゆる弱者は、束になってかからないとどうにもならない。

手をつなごうというときに、手をグーにしてたらつなげない。グーにしているということは、心を閉ざしている、自分というものを握り締めている状態・・・これではつながれない。手をパーにして、ついでに頭もパーにして、心も開けっぴろげにして初めてつながれるんだと思う。

この際、お互い自分のふんづまっている問題や悩みなど全部さらけだして、ひとりで堂々めぐりするのをやめて、縁ある仲間達全員でそれぞれの抱えている問題を共有して、みんなで知恵を出し合って解決していこうじゃないかと・・・

逆に、本人も気がつかないでいたお宝がほこりをかぶっていたりして~強みと弱みを足し合えば、スーパーパワーが生まれたりするかも・・・

世の中に対して、なんか変だなー?こうあったらイイなっていうことが共有できたら、チッコイことは置いといてまず、手をパーにしてつなご!孤軍奮闘をつづけて力つきて本当にパーになる前に・・・。

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2007年4月19日 (木)

手放す

長谷川章子さんも言っておられるが、変わるためには「手放す」ことだと・・・

変わりたいと口にしながら、深い所では変わることを望んでいない?変わるということは、古い自分を手放すこと。これまでの習慣をキッパリと止める~色々なものを手放してみると、案外、こころがスッキリ、気持ちは晴れやか~いったん、がらんどうにしてみて、そして新しいものを受け入れる。

・・・本当の本当は、自分は変わりたかったのだという深い自分に気がつくと、大きく流れが変わっていくことになる。勇気を持って手放し、恐れずに空洞をつくっていくと、本来はそこに何を入れていくべきかが見えてくる~本当の自分とじっくり向き合うこと。

本来の自分の凄さや、素晴らしさをふさいでいるものが(こだわりや、執着、もろもろの感情)、自分の本来の力を出させないでいる要因になっている。

~宇宙のしくみは完璧。信じて委ねれば、必ずあるべき姿に近づく。

さあ、恐れずに手放そう・・・

納得ですね。手放せないのは宇宙の仕組みを信じていないから?あるいは、言われるように本気で変わろうとしていないから?・・・というより、自分の内面にじっくりと向き合ってなかったからだろう。

本当の、本当の自分って意外に解かっていないのかも・・・。

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2007年4月17日 (火)

あと5ヶ月で

一説によると、2007年9月18日には、地球そのものが5次元入りするので、3次元的な古いシステムが、その日を境に殆ど機能しなくなるという。

もし、ホントにこんなことが起こったら一大パニックになって天と地がひっくりかえるような騒ぎになるだろう。

3次元的な古いパラダイムに囚われたままの人は、判強制的にそれらを手放すことを要求され、もし逆らえば肉体の死を含めて、色々なトラブルに巻き込まれる~そうして、振るいわけが1年ほど続く。

もちろん、次元上昇が準備OKの人は、ノープロブレムなので、むしろその日を楽しみにしているのかも知れない。

こちらは、全く準備できていないので、ちょっと慌てないといけないのだが、心のどこかで「そんなこと、ありっこない」と思っている(2012年のことは、もう少しマジメにとらえている)ので、パラダイムシフトが遅々として進まない。

もっとも、2012年といっても、もうすぐそこなので、そこに照準を当てて、もっと真剣になって身魂磨きを急がないとという気持ちは当然ある。

そこで大事なことは、エゴ退治だけど、これはなかなか厄介なので、意識をそちらに向けるのではなく、とにかく自他共に喜べることをしよう!と思い実践することに熱中したほうがよい・・・そうしているうちにエゴのことを忘れてしまっている。

体感できているわけではないので、断言はできないが、エゴ退治よりやりやすい気はする。

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2007年4月15日 (日)

百年の食

「百年の食」・著者は渡部忠世・・・

この本で、素晴らしい方達のことを新たに知った。松井浄蓮、河井寛次郎、それに陽明学の中江藤樹などなど、

著者の渡部忠世という方も、今回初めて知った。2020年の飢餓問題、農本主義に則った生きかた、団塊世代へ送るメッセージ、老いをどう生きるか・・・

本文中、本川達雄の「長生きが地球を滅ぼす」という近著が紹介されている。そのなかで、余生の生き方について~

ひとつのヒントは、時間の見方を変えることです。もうひとつは老人にも働く義務があると考えること。そしておまけの人生は、それまでとはまったく違った別の人生であると割り切ってしまうほうがよいということ。最後に、次世代の役に立つことをすることによって、老いの時間に意味を見つけたらどうか、というのが私の提案、ヒントとなります。

と、ある。タイトルにあるように「百年の食」を考えると言うことは、次世代のことを考えて、そして働くこと。

次世代が幸せに生きていける環境を用意して引き渡す~働くことが次世代のためになる、そういう仕事をすることで老いの時間に意味を持たせる・・・

団塊世代は、約800万人、その1割でも農村に還り、農業に加わることで農業が抱えている諸問題に解決の燭光が、見え始めるのではないか・・・

うん、これは大いなるヒントだと思う。ゲートボールかなんかして遊んでいるヒマはないよ!

全編を通じて、著者はこの国のありようについて、食・農という切り口から警句を述べている。このまま行くとこの民族は滅んでしまうののではないかと・・・食べる、働く、命をつなぐということを百年のスパンで考える人がひとりでも多く輩出されることを願って・・・。

まかせて下さい・・・と、胸を張って言えるようになりたい。

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2007年4月13日 (金)

実を言うと

意志薄弱で、寂しがり屋で、小心者で、大酒飲みで、失敗ばかりのできそこない人間なんだけど、実を言うと、自分のこと好きです。

もがき苦しみ、泣き笑いしている自分のこと、けっこうイイ奴だなんて思ったりするんですよね。酔っ払って暴言・暴行を働いた時なんかは、落ちこんだり、反省したりするけれど、根本的なところまで嫌いになったりすることはない。

なので、同じ過ちを繰り返すのかもしれないが・・・なんで、こんなこと言うかというと、この頃「循環」という言葉が気になっていて、循環~つながり~和って考えていくと、

つながるためには、まず自らのことを振り返って見て、自分を愛していないと他人も愛せないよなーとか、思ったりして・・・

以前、スピコンに行った時、未来カードというセッションを受けて、色々過去のこと話していたら、「そんな、こんなも含めてまるごと自分を許してやって」と言われ、ジュワーンと来たことがあった。

イイ加減な自分、できそこないの自分を許せたら、他人のそういう部分も許せるし、愛しもできる。人とつながるっていうのは、そこらへんからなんかなーと・・・

孤独に、孤軍奮闘もいいけど、お互い足らないところは補い合って、一体化して、やりたいことをやるっていうのもみんなで喜べていいんじゃない・・・。

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2007年4月12日 (木)

素食

粗食ではなく、素食がいいなと・・・

元気の素、健康の素・・・味の素はいただけないけど、粗食というと、なんかストイックな感じがして、今風の人達はちょっと・・・てなりそうなので、素食がいいかなと思った。

というのも、近い将来、かなりの確率で食糧危機が起こるのではないかと思っている。イザという時の為に、土を肥やしておかないといけないのだが、そんな準備はしていない。

そこで、強力な作物が台頭してくる~それは、雑穀。雑穀と言えば、鳥のエサやろとか、貧乏時代に食ったものやろなどと抜かす輩もいるので、大谷ゆみこさんなんかは、雑穀グルメ~つぶつぶクッキングと称して、いまどきのグルメにも受け入れられるようコンセプトを決めている。

が、しかし大谷さんのは高いのだ。食糧危機だけでなく、格差拡大もあるので殆どの人達は口にいれることはできない。

食糧危機が来るとか、粗食がいいとか言っても聞く耳持たないのが今の人なので、なんとなく、ナチュラルな感じがして、貧しい感じもしなくて、お金がない人でも食べられる食事法を開発しておけば、なにげに危機がやってきた時の対策にもなる。

謎解きは、ここからだ。手間のかかる雑穀をいかに低コストでつくるか?雑穀料理をいかに低価格で提供するか?

答えはなんにも持ってないけど、自給率のUP、健康の増進、危機管理などの面から考えて、どう考えても雑穀ははずせないと思うのだが、いかが?

例によって、中途半端でごめん。素食って言葉が浮かんだので忘れないうちに書いとこうと思ったので・・・。

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2007年4月11日 (水)

ピカピカの一年生

今日は、孫の入学式。ついこの間まで、幼稚園児だったのが、ランドセルを背負ってる姿を見ると、それなりに小学生に見える。

頭にリボンをつけて、新調した洋服に靴~上から下まで、まさにピカピカだ。弾けるような笑顔で「行って来まーす」・・・

単純に喜べばいいのに、余計なことが頭をよぎった。この子が、これから迎える未来は?

天変地異、食糧危機、格差の拡大、国家財政の危機~普通に考えると、希望に満ちた明るい未来は想像しにくい。しばらくは、グローバリズムという流れが行きつくところまで、行くのだろう。ごく一部の究極のエゴイスト達が、限りある資源を収奪し、環境破壊、疫病を蔓延させ、死の商人が戦争で大儲けをする。その他大勢は、すべて被害者となる。

最終的には、彼等も天の裁きを受けて、この地球上には住めない存在になるのだろうが、そこまで行くプロセスで子供達も我々大人も、あまねく想像を絶する試練を体験しなければいけないのだろうか。

ネガティブな発想を、多くの人が持ってしまうと、それが現実化するので、極力ポジティブな発想に切り替えようと思って、自らやれることをやって行こうと・・・

なんでも来い!と腹を括ってしまえば、なんてことはない。孫にしたって自分にしても、身の上に降りかかることはすべて、必要、必然なんだからと割り切って・・・

とはいっても、連中にやりたか放題させてなるものか~あのハチドリ君が教えてくれたとおり、やれることをやるだけさ。

てんつくまん&中村隆一さんもデッカイことを、やってくれそうだ。4900万部の号外を日本中にばら撒くそうだ。

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2007年4月10日 (火)

消費者が変われば

赤峰さんの話の続き・・・「消費者が変われば農家が変わる」

スーパーなどで野菜を買う時、何を見て買うか?・・・見かけと価格というのが大半~その価値基準は、流通業界によって作られていることに気がついているだろうか?

市場で競りによって価格が決められるが、その価格を決める絶対条件は・・・形!~長い間、こうした流通機構の中をくぐり抜けているうちに、カルシウムやビタミンの補給源で、健康のもとをつくるために必要だったはずの野菜が、健康とは無関係のお金儲けのための道具に変わってしまった。

昭和57年に、無農薬野菜づくりを完成させ、市場で仲買の人たちに、無農薬・無化学肥料・安全を説いたが、誰一人関心を示さなかった。

流通業界によって、作り出された価値基準ではなく、本物の野菜の価値基準とは、

1、旬の野菜であること                              1、完全無農薬・無化学肥料でできたもの                     1、見かけも良くて味があり、それぞれの野菜が持っているニオイがすること。                                       1、微妙な甘さがあること                              1、形はその野菜が持っている自然な形であること                        1、大きい形、小さい形、いろいろな形が混じっていること

以上。

消費者が本物を知り、求め続けてくれたら農家は変わる。

この本は平成5年に出版されているので、あれから14年経過して、少しは消費者の意識は変わったのかも知れないが、古賀市の農家の殆どが慣行農法で作っている現状を見れば、さほど変わっていないのじゃないかと思う。

問題は、その先だ・・・どうすれば、消費者が変わるのか?昨今は、食育ブームといっていいくらい話題には事欠かない状況で、知識は多分に入っているはずだが、行動はどうなのか?無知だからそうしない・・・のではなく、知った後も変わらない場合が多いのだ。

そこには、変わりにくい背景もあるはずで、その障害になっているものを、ひとつずつ、ひもとき、クリアしていかねばならない。それでも変わらない人は仕方がない、本人の自由意思なので・・・。

いずれにしても、意識のある生産者、流通、消費者が手をつなぐことが先決で、理屈より行動~明るく、楽しく、元気で、健康そのものといった姿そのものを表現できれば、集まってくる人もいるデショ。

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2007年4月 9日 (月)

赤峰勝人

「ニンジンから宇宙へ」著者は赤峰勝人氏・・・これから畑をやろうという時に、タイミング良く食育のメンバーが貸してくれた。

お名前は知っていたが、本を読むのは初めて・・・一気に読んでしまった。いちいち納得~凄い方だ。

1943年大分・野津町生まれ。民話の吉四六さんで有名な所~小学6年生のとき、父親が耕運機に腕を挟まれ切断~以来百姓で生きていくことを決意し農業高校卒業後、トマト作りを手がける~慣行農法で一時は高収入を得るが、ある時期から失敗続き・・・原因は農薬と化学肥料であることに気付く。

昭和43年頃、台風でハウスが全壊、同じ年に一年と4ヶ月の長男が水桶に転落し水死~このときから「人は何の為に生まれて来るのか」生と死の問題に苛まれるようになる。

酒に溺れ、荒んだ毎日~借金は増え、家庭もガタガタ・・・それでも唯一帰る所があった~それが畑だった。

その後、無農薬・無化学肥料での野菜づくりで一儲けをもくろみ、友人夫婦を誘って共同経営を始めたが三年で破綻~さらに莫大な借金を抱え込むことになる。

また、無農薬に取り組むうえでも試行錯誤は続き、疑問がふくらむなか、有吉佐和子の「複合汚染」という本に出会い、この本のなかで「土でできたものは土に返せ」という言葉にふれたことで、やっと、無農薬野菜づくりに、実感として納得することができる。

が、しかし、トンでもないことが起きる。昭和55年、酒に酔っ払っての事故で臨死体験をすることになる。

度重なるアクシデント・・・何か事が起こる度に感じることがあった~それは、出来事はすべて偶然ではなく、何か意味があって起こっている~そこから何かを学べと・・・

答えを問うように、自分を深く探っていくと、内なる自分の声が聞こえてくる・・・内の奥深くの自分が、ずーっと上の違う世界とつながっているような思い。

そうして、昭和57年6月・・・無農薬・無化学肥料の理想的なニンジンが完成を見る。土にまみれたニンジンを通して宇宙の仕組みがすべて感じ取れた~すべては回っている。

大地に蒔いた種は芽を出し、土と水と光に育てられ葉をつけ実になる。緑は酸素をつくり、茎や根や果実や葉は、人間を含む動物の食べ物となり、人や動物の食べたものはやがて堆肥となり、発酵させ、微生物に食べさせて、再び土に返ってくる。植物の体内を通過した水は葉から蒸散作用により空中に出て冷やされて雨となり、その雨は作物の命を育てる。人間も植物も虫も水も光も、宇宙のすべてがつながり、すべてが循環している。

~長い間、心の隅で抱えていた多くのことが解けて、12年間の深い苦しみはふっきれるように消えた。

~自然の理にかなった、宇宙の法則を壊さない農業を伝える・・・それが先に知った自分の役割。

「この宇宙の中で、循環していないものは全て間違っている」

赤峰さんの、辿り着いた結論。びくともゆるがない確信・・・多くの代償を払いながら掴み取ったものの何分の一かでも、これからの農業実践のなかで受けとめられたらと・・・

以前から、知り合いが赤峰さんに会いに行きたいと言ってたので、この本を読んで是非自分も一緒に行きたい・・・という気持ちが強く湧いてきた。

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2007年4月 8日 (日)

まがりなりにも

4回目の朝市・・・直前になって出展できないかたが三人も~アチャーという状況だったが、終わって見ればまあまあ楽しめたっていうカンジ。

案の定、チラシを見て来てくれたかたから、卵はないの、野菜はって言われはしたが、100円で出した「みかんカレー」も好評だったし、新たに参加したいかたが現われて、これが一番嬉しかった。

その方は、本格的な家庭菜園をやっていて、毎年余剰分の処置に困っていたとのこと・・・こちらの主旨にドンピシャ合うので是非一緒にって応じさせてもらった。

4月22日からは、「食育を考える会」の農園も始まるし、うまく出来た場合は、朝市で売れるので、それまでにもっと販売力をつけておかねば・・・。

折しも、古賀は市制10周年で、こちらは「缶詰バー」の主が、地域活性化のプロジェクトリーダーなので、こちらとも連携を図りながら両方が盛り上がるように、今まで以上「缶詰バー」に通わないと・・・(ただ、飲みにいくだけでしょって声もあるが)

興奮が冷めぬうちに、エネルギーが持続するうちに、離陸できるよう自らエキサイトできる光を見出しながら、楽しんで行こう。

段ボールコンポスト~共同農園~わくわく朝市を第三の通貨で結ぶ、オルタナティブな流通形式を開発しようという声もあるし・・・あったらいいな、できたらイイナが沢山あるほうが燃えるよね。

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2007年4月 6日 (金)

大豆

再び、大豆の話。

大豆は頭脳活性化食品。頭の切れが鈍った、物忘れが・・・というかたは、積極的に試して見るのもイイと思う。脳細胞の働きを活性化するにはアセチルコリンという脳細胞間の連絡を蜜にする神経伝達物質が必須だ。

大豆に豊富に含まれているレシチンは、肝臓でコリンを生じ、大脳に送られてアセチルコリンが組みたてられるというメカニズムとなっている。

レシチンは大豆100g中に1480mgも含まれている。このレシチンを多く取るとアセチルコリンの量も増え、脳細胞も一層活性化するという理屈だが・・・

食べ方はいろいろ~そのまま煎って食べても香ばしくてOK。粉にすれば黄粉、発酵すれば納豆、ニガリを加えて豆腐、できる過程で豆乳、おから・・・そして定番の味噌。

頭脳活性化以外にも、肥満防止・便秘解消・動脈硬化予防・コレスレロール値低下・肝機能正常化・美容と健康の増進などなど、

とくに納豆の場合は、エネルギー代謝を盛んにするビタミンB2が5倍にも増えているので頭脳はもちろん、スタミナ強化、強精にもバッチリ。

原産地は中国らしいが、日本には縄文時代にはすでに食べられていたとのこと。

畑の肉とか豆の王とか呼ばれているだけのことはある・・・酒の飲み過ぎで肝臓も気になるし、頭もちょっとおかしくなって(これは元々か)いるので、大豆はやはりなんとかしたい・・・したい、したい。

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2007年4月 5日 (木)

アマチュア耕作隊

昨日の会合で、畑2反は荷が重いので半分の1反を借りようということになった。

この際、雑穀もやってみたいと思うので、耕作隊・隊員を募集します。古賀近辺の方で、野菜や雑穀をつくってみたいという方がおられたら、一報ください。隊員が集まらない場合は雑穀はひとまずあきらめて、食育のメンバーのみでカンタンにつくれる野菜だけから始めることにする。

なぜ、雑穀か・・・以前も書いたことがあるが、食物繊維、ミネラルなどブレンドして食べれば玄米以上のパワーがあるし、無農薬で、耕作放棄された土地など全国どこでも作れるし、みんなが作り出せば自給率UPにも貢献できる~まさに雑穀は日本を救う食べ物だ。

しかし、雑穀は手間がかかり効率が悪いのでプロの農家はやりたがらない。なので、アマチュアがやるしかない。ちゃんとしたものが作れれば付加価値も高いし、需要もあるのでチャレンジしてみる価値はあると思う。

ひとり食育のメンバーで雑穀づくりの経験者がいるので、そのかたに指導はしてもらえるので、頭数さえ揃えばなんとかなる週に一度か、2週に一度程度でもやれそうだという方、この指とまれ。

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2007年4月 3日 (火)

祝・5周年

知り合いの自然食品店が5周年を迎え、支えてくれたみんなに感謝の気持ちを伝えたいということでパーティを開いた。

この店のこのところの業績の伸びは目覚しく、ほとんど自己資金のないところから始めて途中紆余曲折があり、崖っぷちから這い上がっての5周年なので、喜びもひとしおだろう。一年前の状況を知っているだけによくぞ、パーティがひらけるところまで持ってきたなと素直に賞賛をおくりたい。

追い風が吹いているとは言え、その風に上手く乗れるかどうかは日常の努力の積み重ね次第だ。ロスが出やすく、手間もかかる野菜で差別化を図ったことが成功の要因となった。今では、マクロビオティック系の飲食店からの注文は、この店に一極集中しているといっても過言ではない。

パーティに来ている生産者の顔ぶれをみてもそれが解かる。有機無農薬の生産者にもランクがあるとすれば、それぞれが一流と言われる方々ばかりなのだ。

ただ、この店の増収の要因は殆どが、地域外の需要に支えられての伸びであり、自然食なりマクロビオティックの需要層が地域内でも着実にふえたことによるものではないということだ。そういう意味ではまだ、底が浅いと言わざるを得ない。

九州全域から一流と言われる野菜を集め、一大消費地である福岡市の中心部に位置するレストランで消費される。その需要を掬い取らないと店の経営もままならない。マクロビオティックとは、まだまだその程度のものなのか・・・というか、マクロビオティックという言葉自体がなんだか特別な印象があり、本来の日本の伝統食なり素朴に自然に食べていたものとは違うものになっている。

それは、ひとつのブームでしかない。ブームは風向きひとつで終わりがくる・・・そんなものを追っかけるのではなく、普通の人が、普通に食べられるような仕組みをつくりだすことだ。それには、商売の感覚だけでなく、理念が必要のようだ。

とりあえず、5周年をうまく乗り切ってさらに発展できる基盤ができつつあるようなので、社会貢献的な要素も新たに視野にいれるようこの店には期待していきたい。

まずは、5周年おめでとう。

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2007年4月 2日 (月)

農地を見学

2反程の畑を貸してくれるというので、「食育を考える会」のメンバーとともに、見に行った。

元ミカン畑で、竹林をバックに平坦で水はけも良く、土の質も悪くなく申し分のないお話だなーと思いつつ、実際に2反の広さを見て、イイ加減な気持ちで受けたらかえって信用を失うことになりかねないので、会に持ち帰って本当に受けられるだけの体制が取れるかどうか話し合ってから結論を出そうということにした。

なるべく、手間がかからず作りやすいもの・・・カボチャなんかは良さそう、できたらこの機会にぜひ雑穀をやりたいとも思うし、ハーブなんかも・・・といってもこちらは素人なので、経験者の意見を尊重しないといけない。ともあれ、なんとか実現の方向で話を進めたいものだ。多少、見栄えが悪くとも、出来た物は「わくわく朝市」で売れるし、段ボールコンポストの輪をひろげ、自ら循環のモデルを推進することが出来る~生ゴミの堆肥化→畑で野菜や雑穀づくり→朝市で産直・・・徹底的に有機無農薬にこだわった地元産のものをより安く販売できれば理想的だ。

と、夢は広がるものの、実際に汗を流せる人がどのくらい集まるか?ある程度の意識ある人の頭数がないと無理・・・中途半端に終わりそうならやらないほうがいい。

要は腹のくくりかた・・・自分自身の。

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2007年3月31日 (土)

茲在(ここにおわす)

今日で、18期目も終わりだ。業績的には、パっとしたものではなかったが、なんとか持ちこたえている。      いつものように自転車に乗って、電車沿いの道を走る。電車沿いの桜は満開だが、電車は今日で終わる。西鉄新宮~津屋崎は不採算のため廃止になる~このところ、アマチュアのカメラマンがちらほら・・・今日はいつもより数が多い・・・ちょっぴりセンチな気分。

昨晩は、友達とY氏を訪ねた。82才にもなるというのに、かくしゃくとされて青年のようだ・・・白山神社、菊理姫のお話から、鈴木大拙、橋本佐内などなど、憂国の士Y氏のお話はいつも我々若い者?に刺激を与えてくれる。

そのなかで、Y氏が敬愛する頭山満(右翼の巨魁)直筆の書架があるというので拝見させてもらった。書かれてあったのは2文字、剛毅な性格とは裏腹に優しい筆致で「茲在」とある。頭山満の花押とともに・・・

ここに在わす・・・あたかも、頭山満が、「いまここにおわす」ような~Y氏は多くを語らなかったが、どれだけ、この言葉から元気を戴いたか計り知れないものがあるのだろう。

茲におわす・・・誰が?それは人それぞれによって違うだろうし、時によって状況によって「誰」かは違ったりもするし、いつも同じ存在なのかもしれない。

それは、くじけそうになったとき、寂しさに打ちひしがれそうになったとき、おおいなる勇気を与えてくれる。「ひとりぼっちじゃないんだよ、ここに一緒にいるじゃないか」と・・・・

敬愛する人生の大先輩であったり、宇宙の根源の存在であったり、先祖であったり・・・目には見えねども自分を支えてくれる存在、拠り所となる存在~そこから元気を戴いて、敢然と立ち向かって行けるように・・・。

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2007年3月28日 (水)

足元固め

一年中、仕事をせざるを得ないこともあってか、カミさんとゆっくり話す機会が少ない・・・加えて粗にして野な性格も手伝ってカミさんのこちらに対する評価・理解度というのは極めて低い。

朝市他、こちらがやっていることになんとか引きずり込もうと、何度かアプローチするが、いつも決まって答えはノー・・・ところが、ハーブの話をしたときだけは様子が違った~「これはイケル」と踏んで、昨日の朝、「朝市一緒にやってる人がハーブの専門家なんよ、一度会って見んね」と言ったのもつかの間「お父さんの関係していることはすべてイヤ」と言い放ち、パートの仕事に出掛けて行った。

・・・しばし呆然、そうか、こちらのやること為す事全否定か!確かに、エコショップも手伝わせ失敗に終わっているし、相談無しに保証人になって怒らせたり、酔っ払って自転車で何回もコケたし、信用が限りなくゼロに近いという自覚はあったものの、改めてハッキリと言われるとかなり辛いものがある。

とりあえず、KOパンチもらったんで、暫くはこの種の話題は避けて、信用回復の努力を積み重ねる他はナイ。それにしても、来年「食のモデルショップ」を起ちあげるのに、いくつものハードルがあるのだが、最大の難関は足元であるカミさんの了解を得るということなのかも知れない。

イヤハヤ・・・。

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2007年3月26日 (月)

続・偽パラダイム

前回に続いて、偽のパラダイム・・・

その⑦闇の権力がこの世に実現させたい世界・・・◎SARS、鳥インフルは人工的開発~人口削減のためアフリカや東南アジア諸国にばらまかれている。 ◎戦後の教育制度~詰め込み教育、○×思考によって家畜的な従順さを徹底的に叩きこまれ、言われた通りにしか行動できない人間ロボットの大量生産 ◎ローマクラブ~黒い貴族と呼ばれるカナン人の末裔が主要メンバーで闇の権力における中枢のひとつ。「人間は増えすぎた害虫」であるとして大量殺戮の遂行に積極的に取り組んでいる。計画では2010年までに25億人処分の予定 

その⑧京都議定書・・・税金の無駄遣いだった。地球温暖化は作り話  

その⑨ワクチン・・・ワクチン接種は新ウィルスばらまきの手段~インドで絶えてなかったペストが発生&中国に突然SARSが出現&天然痘のワクチン接種が大々的に行われたブラジルやアフリカでエイズが蔓延などなど、これらはすべてWHOなどが意図的に推進

その⑩666・・・すべての商品につけられているバーコードには666の数字が隠されている。また、インターネットのwwwは、ヘブライ文字になおせば666である。ヨハネの黙示録13章で、第2の獣によって「666」が刻印されるのだが、現代人のすべてが、毎日のようにバーコードとwwwによって獣を取り込んでいることになる~666は人類総家畜化計画の象徴か?

その⑪国連・・・国連が世界平和と人類安寧の旗手だと考えている人が多いが、実態はその逆。国連の目的は、各民族国家を廃止して一握りの世界的な財閥が全人類を支配する体制の構築にある。民族国家を裏から操り、相互に抗争させてきたのは国連だ~国連は悪の巣窟、第2次世界大戦は国連を誕生させる口実の為に企画、実行された~死の商人の巣窟であり、国連を隠れ蓑に私腹を肥やす武器・食糧・石油・原子力・土木・建築などのブローカーが暗躍している。常任理事国5カ国は、イコール武器輸出大国ベスト5でもある。

他にも、UFOや宇宙人の存在の隠蔽、マヤ・エジプトなどの古代文明、NASAや現代科学などありとあらゆる分野において闇の権力にとって不都合な真実はことごとくゆがめられてきた。

人類は今、数多くの輪廻転生を通して数百年、数千年という時間をかけて体験する内容を一気にやってしまう超・英才教育のような大浄化、スピード教育を受けている~DNAのみならず脳の分子構造も改造中で、長い間眠っていた部分が活性化しつつある~身体、脳、中枢神経がショックを受けて混乱しても当然~

本来、人類は光の一員であり、果たすべき任務と運命がある。今、人類は次の局面に向けた準備の段階にあり、この変化のメカニズムに沿って、地球の波動が上がり、宇宙エネルギーの量が非常に増大している~このエネルギーによって一部の人達は一種の消化不良現象を起こし精神を病んでいる人もいるが、一方では過去のパラダイムを除去して宇宙意識とコミュニケーションができる能力にめざめつつある人が増えている。

これまでのパラダイムが崩壊すれば、宗教も政治も経済も、古い体制はすべて崩壊する。体制は精神的にも倫理的にも徹底的に吟味されるべきであり、経済や金融だけで問題を解決することはできない~人類がすべき仕事は、注ぎ込まれている光を固定し、自身を通じて、地球・太陽系全体・銀河系に広めること~人類が成功するか否かが、この宇宙、森羅万象に影響を与える。そしてそれは一人一人のあり方にかかっている。

中丸薫氏はUFOから「鞍馬寺に行ってください。サナトクマラが待っています」と言われ霊視したところ、再びこの地球にシャンバラ(理想的な世界)をつくるために、真実をドンドン伝えて行って欲しいと言われたそうだ。サナトクマラは光のマスターで人類と地球に奉仕してくれている存在~

2012年までの6年間、闇権力も最後の力を出して徹底的に悪さをしかけてくる~闇の連中の誘惑、脅しに負けないよう、心の浄化と真実を知っていく努力をし高次なる人格が引き出されるよう生き延びること・・・

概略、以上です。

いよいよ闇と光の攻めぎ合いも、最終局面にさしかかってきており、我々も早急にパラダイムの転換が迫られているようだ。

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2007年3月24日 (土)

偽パラダイム

再び、中丸薫・・・今度は「この地球を支配する闇権力」より、

以前から闇権力の実相を次々と暴露してくれていて、大体は読ませてもらっているが、今回初めて明らかにしてくれたことも多く、そのいくつかを紹介したい。

偽パラダイムその①アインシュタイン・・・その多くがパクリである。例えば、相対性理論はポアンカレというフランスの数学者が1902年に「科学と仮説」という著書で発表している。またノーベル賞を受賞しているが、ノーベル委員会そのものが闇権力に乗っ取られていて、アインシュタインもまたロスチャイルドに支えられた闇の人間だったから、もらえた。

その②ピラミッド・・・エジプト学者は紀元前2500年に亡くなったクフ王の墓だと言い張っているが、それは大嘘。ピラミッドは、UFOのためのエネルギー収集装置であり、造られたのは12000年以上前。

その③ダーウィン進化論・・・人類の祖先はサルではない。人類とサルには決定的な違いがあるが、類人猿の進化とは全く脈絡がなく脳容量の増加や進化のスピードは説明不可能。サルから進化したと言う割りにはサルと人間の間にある深い溝は埋められていない。

その④聖書の刷込み・・・原罪なんてない。日常の誤りが罪として蓄積され、最終的に地獄行きとなるという思いこみは闇権力による恐怖心の悪用、キリスト教徒は「恐怖心」と「罪悪」が組み合わされてマインドコントロールされやすくなっている。

その⑤温暖化・・・温暖化は嘘、氷河期が到来している。闇権力は、氷河期の到来はすでに秒読み段階に入っていることは知っている~人口削減に余念がない。もちろんこの情報は極秘にされている~それがひろがるとパニックが起こり彼らの支配体制が崩れるからだ。地球温暖化のパラダイムは、それを防ぐためのカモフラージュとして流されている。

その⑥イラク侵攻の裏事情・・・2003年3月にイラク侵攻に踏み切った目的のひとつにある古文書の隠匿があった。その古文書とは、いわゆる一神教と呼ばれる宗教の起源にとって非常にまずい内容の古代シュメールの記録であり、米軍が侵攻するやいなや国立博物館や図書館にあるシュメールの遺物の多くが略奪された。

と、ここまで書いてきたが、用事ができたので続きはまた次回にってことで・・・。

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2007年3月23日 (金)

農業女性の会

色々な角度から、古賀市の農業の実態を探ってきたが、昨日の農業女性のお話を聞いたところで一応ひととおりのことは解かった・・・といっても、まだまだ表面的なことしか見えていないが・・・。

農家のかあちゃんは、元気がイイ。決まった休みもなく、農作業と子育て、旦那の世話など・・・昨日も夜九時半まで会合に参加していただき、さらに帰ってからもう一仕事、イチゴの箱詰め作業があるとのこと・・・。

二人来られていたが、どちらも子供さんは農家の跡は継がないらしい。理由は儲からないから・・・かといってこのことを誰も責められない。古賀の農家のごく一部は耕作面積も広く、それなりに収益はあげているようだが、多くは中途半端な面積しかなく、専業ではきびしい~なので、親も子供に無理強いはできない。

一方、おばあちゃん達は、元気バリバリだそうだ。産直の店に出荷して、けっこう稼ぎが増えており孫に小遣いをやったり、イイ顔ができている。でもおばあちゃん達は、いずれ一線から引いていく~その後の担い手が、決定的に不足している・・・しかし、この問題に対する抜本策は見えていない。

地産地消、耕作放棄地の拡大、地域自給率の低迷、後継者問題などいろいろあるが、根っ子の問題は土地の確保と担い手の確保にある。きつい、収入が少ない、でもやるという物好きな人は少数派~なので、キレイ事だけでは前に進まない。どうやって、ネックとなっている低収入という心理的、経済的なカベを突破するか・・・それには、従来にない発想が必要~きついけど、楽しい、収入は少ないけど心は豊か、環境にも生態系にもイイことやって利益が上がるビジネスモデル・・・新たな知恵と戦略が望まれる。

聞いてみると、古賀はミカンの多様性においては全国屈指の実績があったそうだ。みかんをベースにした様々なレシピも資料として保存されているようだし、他にも古賀の郷土料理といったものもいまのところ継承されているようだし、スローフード的な展開もそれなりに実践している。

それぞれが、それぞれの利点と弱点を持っている・・・今後は、お互いの弱点や不足している部分を、相互にどう補い合っていくか~その前に相互にシェアしあってお互いを知ると言うことが先決なんだろう。そのうえで自然につながることができれば、上記問題点も突破できるかもしれない。

アンテナショップ&共同農園構想&生産~流通~消費の域内循環・・・これらが立体的に動き出せば目標に一歩近づくことができる・・・大変だけど、やりがいのあるテーマではある。

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2007年3月22日 (木)

世間話

3日前から、風邪を引いて鼻水垂れ流し状態・・・気合が入らないので世間話でもふたつみつ、

その1、

風邪の引き始めに缶詰バーで近所の霊能者とばったり・・・親切のつもりで、アンタ過去2000年に遡って過去世を読み解くのはいいけど、日本人ばかりしか登場しないのはおかしい、外人だった過去世もあるだろうし、2000年よりまだ前のことも知りたい・・・ので、古代史や世界史も勉強したらその世界のことも良く見えるのと違う?っていったら、怒り出して、「ナニヨ、あんたこそ言ってること全部パクリやないの」と言われてしまった。おまけに鈍感やしとも言われた。

その2、

今日、久しぶりに小倉の姉のところに行って聞いた話し・・・姉は3つ上で、すでに僅かながら年金をもらっている。それでも足らないので今年の1月から、人の紹介でお花やさんで働き出したのだが、いまだにお給料をもらってないのだそうだ。前から勤めている人も去年の11月からもらってない人もいて従業員4人すべてがそういう状況だそうだ。「世の中、景気悪いのかねー」ってボヤイていた。・・・なんとも不思議な4人ではある。

その3、

姉の話しでもうひとつ・・・安い市営住宅にすんでいるのだが、同じフロアに9軒住んでいて、うち6軒が一人暮らし(姉もそうだが)だそうだ。なんで一人暮らしの話をするのかと思ったら、知り合いがやはり一人暮しをしていて、その方が死んでいるのが昨日発見されて警察も来て言うには、1ヶ月位前に死んでいたとのこと。腐敗がひどく行ったときには、もう袋詰状態だった・・・おかげで昨日は寝つきが悪かったとのこと。

その姉自体も、若い頃、旦那が蒸発し一人息子は小児糖尿病を患い、3年前先立たれた・・・弟である団塊おやじを高校に行かせる為、自分は中学で止め働きに出た。中学のときのお弁当の中身は、いつも同じで思い出すといまでも涙がでそうなくらいだった。それ以来新婚時代の僅かな期間と、喫茶店をやっていた数年間をのぞけば、傍目には貧乏続きの不幸を絵に描いたような人生だ・・・それでも今日久しぶりに会った感じは元気そうで一安心・・・。

格差社会の一断面でした、しかも身内の・・・。ごめんなさい、ちょっと暗かったかな。

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2007年3月20日 (火)

ホピの予言

先日、BeGood Cafe Hukuoka主催で「ホピの予言」の上映があるというので行きたかったのだが、あいにく予定が入っていて行けなかった・・・それで、エハン・デラヴィさんの本を読みなおしてみて「ホピの予言」のおさらいをしてみた。

ホピ族(アリゾナのインディオ)が伝えてきた神話によると、過去には3つの太陽(世界)があった。すべて火(噴火)や氷(氷河)、そして水(洪水)によって滅亡し、人類は今、第4の太陽の世界に生きている。

物質文明に偏重した人類の未来についての重大な警告・・・ホピの神話が注目されだしたのは第2次世界大戦後、「金の灰」と呼んでいる物質(ウラン)から造られ、やがて人類を滅亡へと導くことになると予言された。核兵器が使用されたことに対し自分達が予言された未来を語らず、人間が互いに攻撃し続けるならば、世界は再び滅ぶことになる~しかし、彼らの予言は長い間無視されつづけた・・・ところが、その後の宗教戦争や民族戦争、環境破壊によって人類の将来に暗雲が立ち込めて来るにつれ「ホピの予言」は多くの人々に受け入れられ、人類の未来を真剣に考える人達にとって貴重な資料となり、彼等のバックボーンになっていった。

第4世界=現代文明の終末・・・今日の世界情勢や物質主義に陥った経済を眺めたホピの人々は、世界はもう後戻りのできないカオスの世界へと突入してしまった~第4の世界を滅亡へと導く、「第3の炎の輪」のなかの争い(第3次世界大戦)が、始まる時期がそう遠くない将来に迫っているのか?

予言では、そのとき創造主の怒りの表れとして、「餓え」や「疫病」と同時に、「火」と「水」による地球的規模の大異変が襲ってくる・・・物質主義の束縛から離れてスピリチュアルな意識を取り戻し、地球や自然に対する守り手としての責務に一日も早く目覚めなければ、待ち受けているのは「大いなる清めの日」の到来~それは人類が過去の文明で体験した歴史の再現・・・

ざっと、これが「ホピの予言」として伝えられていること・・・ホピ族は地球や人類の未来を憂慮してメッセージを発信している。日本においても「日月神示」で同様のことが、伝えられている・・・ネイティブアメリカン&大和魂が相呼応して発信すれば世界は救われる・・・文明が発達し過ぎると必ずリセットが起きるというのが歴史の示すところ・・・いい加減愚かなことは止めにしてくれ。

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2007年3月19日 (月)

続・日豪EPA

日本とオーストラリアの経済連携協定(EPA)が結ばれると、エネルギー資源の確保など経済界にとってはプラスだが、農産物の関税撤廃などで農業にとっては大打撃をこうむることが予想されており、この交渉は日本国民に、日本農業の存在理由を問われている・・・前回に続いて、東大・大学院の鈴木教授の解説から・・・

日豪間の自由化の徹底=日本農業不要論~オーストラリアから安い食料が、今まで以上に入ってくることは消費者にとってイイこと・・・ホントにそうか?消費者が海外の農産物を買えば買うほど、国内の農家は疲弊する→自給率はさらに下がる→国家の危機・・・目先で考えると得をしたように見えるが、長い目で見るととても危険な選択であるということをキチンと抑えておかねばならない。

自国民の食糧を自国で供給できないことの危険性を解かっているから、他の先進国は一定の自給率を確保している。ただでさえ、先進国中最低の自給率の日本がさらに下がるとどういうことになるか・・・世界的な食糧危機がきたら?農地が消えた後、高い値段をふっかけられたら?作る人がいなくなって消費する人ばかりになったら?・・・

もうひとつ問題がある・・・窒素負荷の問題だ。現在でも窒素受入れ限界(農地494・9ha×1ha当たりの受入限界量250kg=123・7万t)の約2倍国土に窒素が溢れかえっているのに、これがさらに過剰になってくると、農地での循環は不可能になり、結果、乳児が重度の酸欠状態になる「ブルーベビー症」、消化器系ガン、糖尿病、アトピーなどの不安が増し、酸性雨、地球温暖化の原因にもなる。

そもそも、瑞穂の国と言われる日本から田園がなくなり、殺伐とした環境になった社会に気持ち良く人が住めるのか・・・健全な国土と国民の健康を守る社会的使命を果たしてくれている農の営みを軽んじることは、経済界の人にとっても強烈なシッペがえしをくうことになるだろう。

以上、教授の解説に若干私見を混じえてしまったが、大筋ははずしていないので、我々も国民の一人として、この交渉の行方に注目しておきたい。

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2007年3月17日 (土)

農業委員長と会食

昨晩、古賀市農業委員会の委員長と会食、ざっくばらんな話しを聞かせてもらった。

先日来、古賀市の産業振興課、産直の店「コスモス館」の組合長、そして今度の農業委員長と農業に関わる行政・流通・生産者のそれぞれの立場における古賀市の農業の現状を聞かせていただき、おおよその実態は把握したことになる。

三者共、共通していたのは古賀市の農業の将来は非常に暗いということ・・・理由は高齢化と後継者不足であって、この問題は古賀市だけのものではないだろうが、憂慮すべきは抜本策がないに等しいということにある。

敗戦後、食糧危機に喘いでいたときは自主的な農業団体が全国に組織化されたが、昭和30年代に自給率80%以上を達成してからは、そうした自主組織はほぼ完全に姿を消した~今日自給率は40%を切り、反面耕作放棄地はあまねく広がってきている。

今、大事なことは「あなたつくる人、わたし食べる人」というのではなく、すべての人が「つくる人」になるという意識なんだろう・・・といいながら、我が家も自給率は0%なんだが、明るい話しとして農業委員長が2反もの畑を貸してくれるとのこと・・・ありがたい話なので、「食育を考える会」として共同農園的に耕作していけるよう具体化していきたい。

一方では、中途半端な思いでは宝の持ち腐れにならんとも限らず周到に担い手を募らねばならない・・・過去に何度か挫折したことでもあるし中核になれる人の存在が絶対的に必要だ。当方としては経験も時間も極めて少なく他力本願は否めない。

ともあれ、なんとかして組織化して考えるだけの会から、実践する会へと進展して行き、生産~流通までじかに関わるカタチをものにできれば、それに勝るものはない。

苦労を実体験して、言うべきことは言うというスタンスであればこそ、行政も農家も聞く耳をもってくれるのではないかとも思う・・・今は農薬はダメ、除草剤もダメ、有機農業でないとダメなどとほざいても、アンタやってもないのになに言ってんのの一言で終わり。

そう考えると、タイミンングの問題はあるにせよ折角のイイ話しをなんとかものにしたい・・・要は組織化できるか否かだ。

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2007年3月16日 (金)

半農半X

マクロビオティックマガジン「むすび」4月号・・・巻頭言はこれだ。

半農半X研究所代表・塩見直紀氏の「道はどこにあるのか」

半農半X(X=天職)というコンセプトが、氏のなかで生まれたのは阪神大震災が起こった1995年のある日のこと~これによって、救われ、進むべき方向がはっきりして自分探しに終わりを告げ、実践に踏み出した。

半農半Xに関心が高い世代は20~40代・・・環境問題など負の財産を背負う世代だ。

21世紀に2大問題があるとすれば、環境問題と天職問題。天職問題とは、人はなぜ生まれて来たのか、自分の今生の役割はなにかなど、生きる意味の探求、自分探しなどを表すと規定して・・・

2大問題を生きていく術は、4っつの「もったいない」で行こうと・・・ひとつは、ノーベル平和賞のマータイさんが広めてくれた「もったいない」と、あと3っつは①天与の才の未発揮 ②地域資源の未活用(竹などの自然素材、伝統食文化など) ③多様な人材の未交流

みんな自分のXを持っている。真の自分と出会い、埋もれている自分、素材に光を当て、多様な人が出合うことで新しい何かが生まれる・・・

レイチェル・カーソンのいう「センス・オブ・ワンダー」がキーワードになりそう=自然の神秘さや不思議さに目を見張る感性・・・一輪の花や移りゆく季節にハっとできるような感性・・・

あとは勇気を出して小さな実践行動を重ねていくこと。気づきを独占せず、発信を重ねていくこと、シェアしていくこと。きっと道はシンプルなはず・・・道はどこにある?

それはもしかしたら、マクロビオティックと小さな農と天職にあるのかもしれない・・・とむすんでいる。

短い文章だが、いくつも共感をおぼえた。

持っている才能・力は生きているうちに出しきれ!人と徹底して関われ!未活用な資源は徹底して活かそう!そして、気づいたこと、感じたこと、発見したことをバンバン伝えていくこと・・・天職問題などと、オモシロイことを言ってくれるけど、自分の道はどこにあるのか?それは動いてぶつかって、傷ついたり歓んだりしながら発見するものではないのかと思う。

近頃、外人のコメント攻撃に対し、投稿禁止の作業をするのに毎日1~2時間要していて、こんなことに時間を割いてていいのだろうかと考えていたが、今日の文に接し、駄文であろうがなんだろうが発信することが大事と思いなおし、元気をだしてやはりこのブログを続けて行こうと・・・タダで表現できてるんだから、イイことばっかじゃないよね。

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2007年3月15日 (木)

花粉症

蓬莱仙人という方のサイトで見つけたのだが、目からウロコの花粉症の秘薬ということで紹介されているものがある。

「スギの実酒」というやつで、読んでみると意外とカンタンそうなので、そっち方面に詳しい友達もいるし機会があればつくってみたい・・・というのも、身の回りにも花粉症で悩んでいる人が数名いて、みなさん決定打を持っていないようなのでホントに効果があるならビックリもんだろう。

春~夏の間に、スギの緑果を摘み、水洗いをした後、水気を切ってから、ホワイトリカー1.8リットルに対しスギの実を0.7リットルの割合で入れ、大さじ一杯の氷砂糖と一緒に漬け込み冷暗所に保存しておくだけでOKとのこと。

もっとも、花粉が飛び始めてから飲み始めるより、前年の初冬あたりから毎晩チビチビ前もって飲んだほうがより効果があるそうだけど・・・

スギ花粉症は、スギの実で治す・・・毒を持って毒を制すというか、ホメオパシーの理屈となにやら関係があるのかな?蓬莱仙人さんは、これで友達何人か治しているみたい・・・他にも薬草のこととか色々タメになる記事が沢山あって信頼できそうだったので、モノは試しと言う方は、トライしてみては・・・。

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2007年3月14日 (水)

スロービジネス

イイことを楽しくやって、利益が出る・・・結果、まわりに人が集まる。

そのようなビジネススタイルを「スロービジネス」というのなら、まさしく「わくわく朝市」~食のモデルショップづくりは、それを目指していると言える。

朝市は過去2回やって、大半は身内に買っていただいているようなもので、本来の主旨には程遠い・・・なので3回目は、身内に頼らず新しいお客さんとつながるよう準備をすすめたい。売上を目標にするのではなく、イイものを伝えて、ステキステキ・ビックリの感動を味わってもらえるよう、出展者それぞれの自信作を持ち寄ってもらう・・・結果として売上が上がる、食のモデルショップづくりのヒントを掴む、お客さんとつながる、蓄積されていく、広がっていくという本来の主旨に沿った流れを作っていかねばならない。

急がず、慌てず、継続的なムーブメントが起こるように・・・お客から見て絶対に必要とされる店を生み出さないといけない・・・といってあまり肩に力を入れすぎてもねー、楽しくやんないと近づいてくれんよなー。タイトルどおり、やってるこちらがワクワク、楽しくやる朝市であること~そしてそのワクワクウイルスがお客さんに伝染するように・・・。

この反対になったら最悪だ、やってる意味がない。しんどくなるだけ・・・道に迷わないよう、常に原点を思い出そう。

個人的には、先日の「未来セラピーカード」でずいぶんスッキリした。現状、自分の深層心理としては「失望している」「見捨てられる」という、かなり重たいカードを直感でひいてしまったが、未来に向っては「簡単に物事を考える」「最後までやり遂げる」「許可を与える」ということで、シンプルに真理・本質に従って、いま思っていることをOK,OKもうやってイイヨと自分に許可を与え、そして今度こそ最後までやり遂げるんだと・・・

先日の発明起業塾・塾長のお話にもあったが、我→仁→義(自分を愛する→近くを愛する→遠くを愛する)の流れと、学ぶ→尽くす→稼ぐ→愉しむ→戻すの流れをドンドン右のほうへ持ってくように・・・って来年は還暦なんだから当たり前にやっておかないとね・・・。

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2007年3月12日 (月)

ヘンプ

スピコン会場で「あねもね」4月号を買ってきた。ヘンプの特集を組んでいたから・・・

麻き夢みし「古代ヘンプ」の不思議な力・・・というタイトルで縄文研究所の中山康直さんのインタビュー記事が巻頭を飾っている。

「ヘンプ(麻)こそ、人類と地球の未来に、もっとも貢献する古くて新しい霊性植物となる可能性を秘めている」  法律で禁じられている「大麻」は葉と花穂の部分で、茎や種は問題ない。が、しかしこれを栽培するとなると簡単にはいかない・・・厳しい許認可制度をクリアしないとダメなのだ。

ヘンプは縄文の遠い昔から衣食住と密接なつながりを持ち、身近な存在だったのに今は「大麻」=危ないものというイメージがあり一般には馴染みが薄くなってきた。

が、再び人々の注目が集まり始めている・・・新たな無公害エネルギー資源として、環境調和型の建築資材として、あるいは稀有な予防医療食材として・・・。

ヘンプの魅力は、

①衣食住のすべての分野で応用できる・・・豊富な栄養素、抗菌性、免疫力の向上~衣類・食材・建材など   ②無農薬栽培にも適した順応性と土壌改良・・・場所を選ばず無農薬で栽培可。また枯れることで、土壌を肥沃にする。                                                                 ③環境に優しい循環型社会の担い手に・・・長い根っこは土中の有害重金属を吸い上げ、体内で分解させる。またヘンプから抽出したバイオエタノールは環境に優しい新しいエネルギー源として注目されている。

他にも、神社の鈴を下げる鈴縄や、依り代、また横綱のみの化粧回しにあしらわれたり、日本人の霊性にも響いてくるものがある。誰がこの高貴な草を封印しようとしてきたのか?ここにも邪悪な意図を感じてしまう。

まだ飲んだことはないが、ヘンプビールというものもあるし、麻の実は、ミネラル類が玄米よりも豊富だし、無農薬栽培なのでオーガニック食材としても注目されているようだ。中国では漢方薬として、血糖値低下、便通、ぜんそく、高血圧、滋養強壮などに効果が知られているという。

他にもヘンプオイルなどコスメや、タオル、石鹸、アクセサリーなど日用品までいろいろな商品が開発されていて、しっかり心と体を癒してくれそう・・・といっても、おやじにはチョットといったものばかりだが・・・

古くは八穀のひとつとして知られており、稲作以前の縄文から食べられていたそうだ・・・以前からヘンプは気にはなっていたが雑穀とつながっていたか・・・気になり具合が一歩前進。でも、許可を取るのが大変そう・・・。

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2007年3月11日 (日)

第7回福岡スピコン

2回目の「わくわく朝市」は、風が寒かったりPRが不足してたりで、イマイチの結果だったが、スピコンに行く予定があったので、そそくさと片づけをしていざ、会場へ・・・

初めてのスピコンで、どれどれどんなものかなーって感じで会場に入ったのだが・・・・大勢いるわ、いるわ、かなりのブースに沢山の来場者。それなりのコスチュームの方も、そこここにおられ、なにやら怪しげな動きをしているヒーラーとおぼしき人達もいて・・・メイン会場には全部で96のブースがあり、別会場では時間刻みで、様々なワークショップセミナーが行われていた。

また店に戻って仕事をせねばならなかったので、やや駆け足で各ブースを廻った後、知り合いである大田篤の「心と食と環境のセミナー」を聴いた。太田篤は、元広島・地球村の代表をしたあと、「地球と子供の未来を守るネットワーク」を設立し、遠隔治療などでヒーリングをやったり、講演活動をしている男だ。久しぶりに彼の話しを聞くことになったけど、以前とくらべ大筋では変わりがなく、説得力はあるけど心に染みるような雰囲気ではなかった。

メイン会場にもどった後、オーラの写真を撮ってもらおうかと思ったが、あいにく待ち人数が多く、ここはあきらめて、結局「未来セラピーカード」というセッションを受けることにした。

これは、エンライトメント心理学にもとづいて、「未来セラピーカード」というプラスカードとマイナスカードを使って、現在の問題、その原因、そしてその問題のルーツを知り(以上マイナスカードを直感で選ぶ)、それに対する解決策や、方向性、未来の可能性などを探る(プラスカードを同じように直感で選ぶ)というやりかただ。

ガイドに従って、次々にカードを選んでいった・・・まず最初に選んだのは「失望している」次は「見捨てられる」この選んだマイナスカードに対して「なにか思い当たることは?」と問われたので、「やろうとしていることに対して無力感を感じることがある」そして「アセンションを目指していると言いながら、時々イヤになるほどギャップを感じる行為や感情を持つことがある、なのでアセンションということにおいて見捨てられる」といった感想を述べた後、次はプラスカードだ・・・

選んだカードは「簡単に考えること」続いて「最後までやり遂げる」・・・・これに対してはどうですか?と問われたので、「最近スピリチュアルな本を読んだり、話しを聞いたりが多く、消化不良状態でかえって迷いを生じたりする」・・・シンプルにとらえろってことか!・・・また、あれやこれや手をだして、とちゅうで投げ出したことも多かったよな・・・

で、最後のカードが「許可する」だった。

これに対してどう思うかって聞かれたので、「そんな自分でも、やりたいことをやっていいと許すことですか?」と答えたら・・・「その通りです」と即答された。そのとき何故か知らないがブルっときた。

いままでのことは、これからやろうとすることをするうえで全部必要だった。弱い自分すら認めてあげて、そろそろやってイイヨという段階にきているよと言うことだった。

素直に受け取ると、とても勇気が湧いてきた。

偶然、目に入ったブースで、僅かな時間だったが今日は、この手応えだけで来て良かったと思えた・・・。

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2007年3月10日 (土)

第6期福岡発明起業塾

昨日、第6期・福岡発明起業塾が開講。

今回は17名参加で内8名が女性というかつてない快挙?であり、塾長もいつもにましてハイテンションであった。1講目はいつもそうだが、自己紹介から始まる。元警察官、元高校教師、歯医者、自然食品宅配会社・社長、建築士、ハーブ生産者、精神医療を目指す学生、舞台装置の会社社長などなど多士済々で、かつみなさん今の世の中に一石を投じたいという意気込みが感じられ、聞いているこちらもワクワクしてきて、これからがとっても楽しみなのだ。

塾の目的は、世の中が必要としている新しいモノ・サービスを発明するというのが当然あるのだが、それ以上に新しい自分を発見したり、新しい仲間と出会いつながっていくということがもっと上位の目的としてある。

こちらは、1期生として受講済みなのだが、前期(5期)も参加しており、今回はOBとしてお手伝い感覚で参加していたつもりだったのに、みなさんの自己紹介を聞くうちにもう1回参加してみんなと友達になりたいなという思いが湧いてきて、気持ちは既に受講モード・・・

過去もそうだったが、半年間同窓生としてつきあっっていると仲間意識が芽生えてきて、以降長い付き合いとなるケースが多々ある・・・その方達が自分にとっての財産とも言えるわけで、なんの技術力もなく発明の経験もない自分でも、発想さえ涌き出たら、力を借りてなんとかカタチにできると思えるようになってくる。

前回の参加で「雑穀ビジネス」を立ち上げる!と宣言していながら、いまだに進んでいないまま、またまた受講というのもやや気が引けるのではあるが、今回の新しい面々を見ているとそんな引っ込み思案も吹っ飛んでしまった。大いに関わっていきたい・・・3度目の正直でなにが生まれてくるのか?楽しみながら再々チャレンジといこう。

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2007年3月 8日 (木)

闇の権力者

「気高き日本人と闇の権力者たち」中丸薫から・・・

前文で、

これまでの過去の世界・日本の社会や政治の動きは、多くの場合、偶発的に起きたわけではなく、一部の闇の権力者たちが裏で綿密なシナリオを書いてきた結果であり、闇の権力者達は、軍産複合体、産業界、金融界、マスコミを掌握し、陰で操りながら、己の利益の為に世の中を動かしてきた。

しかし、混迷を極める現在の世相は、人類の歩みが、これまでの財力や政治力が支配してきた社会から、平和と慈悲の精神に根ざした社会へ大きく移行しつつあるために生じる混乱と言えるのかもしれない。

真の世界平和は、この地球上に住む人類ひとりひとりの心に平和の願いが宿ったときに初めて具現化されるものである。人口の十分の一の人の心に平和が宿ったとき、世界平和が実現する。これまで世界中の多くの人々が真実とかけはなれた情報を信じ込み、騙されてきた面がある。

例えば、

○9・11テロ・・・これはアメリカの自作自演~すでに多くの人が疑っている。                     ○アメリカ大統領選挙・・・インチキだらけ。2004年の選挙でもホントはケリーが勝っていた?             ○郵政民営化・・・350兆円は外国資本に流れてしまう。                                 ○日銀は株式会社・・・日本政府を顧客として膨大な利益を上げている。そして情報開示はしない。中央銀行が力を持つ社会とは「金を持つものが一番強い」という仕組みや価値観を生み出す社会                    ○国連・・・イルミナティが創設。「死の商人」の巣窟                                     ○イラク暫定政権・・・アメリカの傀儡。

などなど・・・闇の権力者とは、①国連・多国籍企業・中央銀行・軍産複合体 ②欧米の王家・大富豪家系(ビルダーバーグ・グループ) ③外交問題評議会」(CFR) ④日米欧三極委員会(TC)を言う。

彼等は、世界統一政府をつくり世界人口を間引きして自分達だけいい思いをしようとしている。それになびく人たちは国を平気で売るし、逆らう者は消される。

しかし、希望を捨ててはいけない。最近の世論調査では、9・11にアメリカ政府が関わっていると考える人々はニューヨークでは半数に及ぶという。そろそろ気づき出した人々が増えてきている証しといえよう・・・フォトンベルトに入る2012年12月までの6年間、どう生き抜くべきか・・・

いま日本列島に住むすべての人にとって、これからの6年間、心の浄化と真実の情報を身につけながら生き抜くことができれば、その後の時代、世界をリードする人として立ちあがっていける。

と結んでいる。

闇の権力者については、いろいろな言い方をされていて眉唾と思っている人も沢山いるとは思うが、常識と思っていることの多くは、実は彼等に洗脳されていることが多い・・・と覚醒し始めた人が増えていることも事実だと感じる。

選択はそれぞれの自由なので、押し付けはしないけど一度視点を変えてみずから調べてみてはいかがかと思う。

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2007年3月 6日 (火)

太母さんのことば

知る人ぞ知る太母さんは、言う。「諸悪の根源=愛の不在」だと・・・

誰も自分を本当に愛し、気遣ってくれる人がいないし今までもいなかったという孤独と人間不信が心を蝕んで病気の原因になり、怒りが暴力を生み、暴力がさらに報復という暴力を生み、人間不信が物欲、金銭欲を強くし富の偏在を招いている。

誰も愛してくれないと思っている人は、誰かを愛したことがあるか?まず愛することから始めたら・・・愛の足りない世界でみんな必死に生きている、人の心の底にはみな小さな子供が住んでいて、ひたすら愛と歓びを求めている。

何故、幸せでないかというと、贅沢をして他者を犠牲にしているのを知っている潜在意識=真我が決して納得していないから・・・真我は自然と一体の存在。自然の法則を犯すような行動を外的自我がとると、抑止しようとする。ex食べ過ぎると病気になる・・・心から歓べない生活をしていると幸福ではない。

ウーン、真我が納得するような生活をしているか?心から歓べるようなことをしているか?って言われるとイエスときっぱりは言えない。特に昨日今日は、チッポケなことが引っ掛かっていてスカっとしないのだ。やっぱり愛が足らないのだろう・・・心広く受け入れきれてない。

なんて自分は小さい人間なんだろうって思うとき・・・前向きな思考も止まっている。

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2007年3月 5日 (月)

日豪EPA

今日も、西日本新聞の記事から「どうする日豪EPA」について・・・

EPA(経済連携協定)とは・・・特定の国・地域間で関税などを撤廃し、モノやサービスの貿易自由化、さらに投資や電子商取引の推進、経済政策の調和まで幅広い経済関係強化を図る協定。日本はこれまでシンガポールなど四カ国と締結、タイなど四カ国とも大筋合意している。

で、日本とオーストラリアのEPAだが、7月の参院選後本格化しそう・・・財界サイドは積極推進で動いているが、締結すると農業は打撃を受け、食糧自給率はさらに落ち込み30%まで下落すると予想されている。それは、一戸あたりの耕地面積が日本の1800倍もあり、生産性の格差は途方もなく、コスト面で競争できる見込みはゼロに近いから・・・

これで、関税が撤廃されたら圧倒的な価格差により、国産麦、砂糖はほぼ消滅、コメも甚大な影響が出る~農水省の試算によると、コメなどの生産減少で1兆四千億、関連する産業や地域産業の損失を加えると3兆円に達するとのこと。

そうした状況を踏まえ、東京大学の鈴木教授は、「農業についての国民的論議を」と呼びかけている。

エネルギー確保のため、資源大国である豪州と手を組みたい財界と、大打撃を受けると予測される農業とどちらをとるか「命と暮らしの視点から国民全体で論議しよう」と・・・

結局、経済優先か、命の源を優先するかの選択をせまられているわけで、参院選後の動向に注目しておかねばならないようだ。

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2007年3月 4日 (日)

金にならん森

西日本新聞の人気シリーズ「食卓の向こう側」今度のシリーズは、お魚編だ。で、今日は森の話・・・

岩手県一関市で農業を営む小野寺寛さん(58才)・・・同い年やん。気仙沼湾へ流れる川の源流域でふつうに農業をやっていたが、15年前気仙沼の漁師さんの講演を聞いてから森と海がつながっていること、山の民が海の民に迷惑をかけていたことを知りショックを覚えた。

ブナなどの広葉樹の落ち葉がつくるフカフカの腐葉土が海の生き物を育む養分の源であること、昭和40年代からの森林伐採、工場・家庭の排水・農薬による川の汚染、コンクリートで固められた護岸・・・沿岸から藻や魚が消え、赤潮により養殖のかきが真っ赤になる。大雨の後は上流からの大量のゴミ・・・

それを機に、小野寺さんは地域の人と話し合い、「子供のころ、夏は川が風呂だった」を思い出し、浄化槽の設置・減農薬の実践・水際の草刈の中止などを推進~以来毎年6月、源流域の山に大漁旗が翻ることになる。海の民と山の民が「植樹祭」を共催し、今では全国的にも有名になったそうだ。昨年までに植えたのは、ブナ・ナラ・クリなど44種、約四万本・・・

昭和30年代、エネルギー革命で石炭石油が主流になるとともに、それまで薪や炭として使われていた広葉樹は「金にならん」ということで、金になる松や杉にとって変わられた~山が松や杉だらけになって、広葉樹の葉を畑にすき込んでいたときにくらべ、地力が弱り、作物が病気になりやすくなり、川の水量は減り沢は枯れ、大雨が降ると鉄砲水がでる・・・なんかヘンだなーと思っていたとき、海の民の話しを聞いて気づいた「金にならん森こそ宝だった」と・・・

カキ・ワカメなど気仙沼の水揚げは年間20億、そのうち18億円分は山~川の養分が育んでいる。カキ養殖業者の畠山さんは「えさや肥料、薬は一切やらない。森の恵みで立派に育った」と見学に来た子供達に海と森のつながりを説明してきた~「これからは海のため歯磨き粉の量を少し減らします」という感想文を寄せた子供が、もう親になる年代になっている・・・

今は、20年前に消えたうなぎが河口にもどり、スズキの大群もやってきた。山あいの川も、どじょうやヤマメがぐんと増え、ホタルの夜景も戻りつつある。

凄いね!たった一人からの呼びかけで生態系が蘇る・・・金にならん森が命を蘇らせた。そのことに気がついた住民が山を川を海を変えた~みんな一関の山の民・海の民そして共感した住民に見習おうぜー!

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2007年3月 2日 (金)

スーパーバイザー

数ヶ月ぶりに本部からスーパーバイザーが訪店、支払い遅延のことで絞られるかと思いきや、前向きなアドバイスをいただき、昨日も決算月にあたりこちらもひと踏ん張りせねばと考えてた矢先だったので、早速売り場の手直しにかかることにした。

最近は完全に任天堂旋風が吹き荒れていて、DSをメインにした売り場に変えていかないと時流に乗れない・・・にも関わらず最近心ここにあらずといった状態で後手を踏んでいた。どんな商売であれ小売業は日々のこつこつとした積み重ねが大切なわけで、まずは商売のプロにならねば「食」のモデルショップをやることになったとしてもうまくはいかない・・・ということを肝に銘じて、TVゲームが好きだのキライだのは置いといて手抜きをせずにしっかり売上・利益確保に励もう。

というのも、またまた今日も出掛けに見た「スパモニ」で格差社会の断片・・・「ダブルワーク」の悲哀が身につまされたからだ。東京大田区といえばバブル以前は、様々な町工場が林立し活気を呈していたのがバブル崩壊とともに沈没、工場の数も激減した地域だ・・・その一角で機械部品のようなものを製造している工場の社長(64才)が本業の収入だけでは足らないので警備員のアルバイトをしてなんとかしのいでいる・・・が、余裕は全くなく貯金はゼロという話だった。

10年前に機械の設備投資のために1700万の借り入れをしたのがひびいて、毎月25万の返済をしている・・・生活費を加えると月に38万は必要なのに、本業の収入は18万しかないので奥さんもパートに行って6万稼いで、やっとこさ帳尻を合わせている・・・その社長は、まじめ一徹といった雰囲気の人で、こちとらみたいに人に話せないような不真面目な理由での借金ではないのに・・・世間の風は冷たいよなー。

ただ、マジメなだけではアカン。先を見る目も無いと・・・結果論で言えば機械の導入は失敗だった。それにオンリーワンの技術を持っていれば・・・などとクールな見方もないではないが、まじめにやっとれば食うには困らん位の社会が望ましいよね。

そんなこんなで、こちらもフンドシしめんとダブルワークをしても借金返済でパーみたいな、クソ面白くない状況になる・・・・のは、ゴメンだ。ってことで、今年一年稼ぎまくるのだー。

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2007年3月 1日 (木)

決算月

今月555万売り上げると、丁度前期並の数字になる。ゴーゴーゴーってなかなかゴロのいい数字なので、なんとか達成したい。

来年は、還暦になるので・・・60のじいちゃんがTVゲームショップはないでしょ・・・と思うのでそろそろ卒業したい。脱サラして20年の節目でもあるし、なんとかそうしたい。なので、これからもしばらくは今まで同様365日フル稼働体制を続けないとイカン。

働き過ぎ→ストレス発散のため飲酒→飲みすぎて翌日はエネルギー半減の悪循環も変えていかないと・・・そのためには、TVゲームの仕事をイヤと思わないこと、無理にでも言い聞かせる。だって借金返済の方法はこれしかないのだから、思いっきり感謝して楽しくやれるよう心がけよう。

その先には、もっと楽しいことが待っている。健康・元気・循環・安心・共生・自給・アセンションの世界が・・・その日を夢見てガンバンベー。過去の思いが今の現実をつくっているのなら、今の思いが未来を作るわけで、未来を心配することなく今ここに最善を尽くそう。

だれでもなりたい自分になれるハズ。

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2007年2月28日 (水)

逃げる2月

今日で2月もおしまい。棚卸もあるし、新作も入ってくるし忙しい一日になりそうだ。明日からは3月・・・今年の冬は暖かだったので、春を思う待ち遠しさもいまひとつってカンジ。やはり冬は冬らしいほうがいい。

それにしてもあっという間に一ヶ月が過ぎていく・・・昨年12月に立てた目標に対してはどうだったんだろう?一年目の計画は、「食のモデルショップをつくる」ってことで早2ヶ月が過ぎ、なんとか実験的な試みとして「わくわく朝市まつり」はイイ感じでスタートはきれたが、もっとピッチをあげないとという気持ちも強い。

立てた計画では、社会起業家としてのスタンスで地域の食に関する問題を解決していくなかでお客に喜ばれ、事業としても成り立っていくというものだ。ボランティアでもなく、ただの事業家を目指すのでもない。行政も手が届かず、利益追求一辺倒の普通の企業ではやれない、その狭間にあるカタチを起業していく・・・

おまけに精神性をベースにした事業運営をしたいとも思っているので、いまのところ自分自身がこんがらがっていてどんなカタチにしたらいいものやら漠然としたまんま、いってみれば「アセンション型経営」ということなんだけど、これをいうとますます解かりにくくなって「なにをタワゴト言うか」っていう目で見られる。

まあ、これは死ぬまでのテーマなので、ぼちぼち明確になっていけば良い。まずは、「食」を入り口として、体と心と地球が元気になるようなことをひとつひとつ、できることからやっていくのみ・・・。

「愉快な人生を送って やりたいことをやりぬいて 自由自在に生き 縁ある人に喜ばれる」by桜沢如一・・・を見習って。

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2007年2月26日 (月)

第7回すぴこん

スピリチュアル・コンベンションの話しはチラっと聞いたことがある程度で参加したことはなかったけど、知り合いの霊能者が出展するので、来ないかと誘われたので、今回はどんなものかと行ってみようと思っている。

3月11日福岡国際会議場2F多目的ホールであるらしい。スペシャルプログラムとして、大田篤・ミカエル・伊藤久美子さんのお三方が講演をするとのこと・・・大田篤は知っているのでまあいいとして、他の方はどんな話しが聴けるのやら・・・

出展者は、ヒーラー・チャネラー・アロマセラピスト・リフレクソロジー・マクロビオティック・ボディワーカー・サイキックヒーラー・気功・波動・風水・代替医療・占星術・パワーストーン・ヨガ・オーラソーマ・ホメオパシー・フラワーエッセンス・ネイティブスピリット・アセンションなどなど・・・見えない世界系のテンコモリ状態。

一度は行ってみる価値はありそうだ。いやいや、ますますズボっとはまるかも(笑い)興味のある人連れ立って行きまショ。

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2007年2月25日 (日)

わくわく朝市まつり

初めての「わくわく朝市まつり」

TVゲームショップの軒先で食育まつり?なんかヘン・・・でも「古賀の食育を考える会」のメンバーがたくさんきてくれたし、隣近所の商店の人たち、出店者の友達、いろいろな人達が来てくれた。

雨が降ったらオジャン・・・一番心配だったのは、その日の天気、だけど晴れてくれてOK,OK。           天然酵母のパン屋さんは、昨年不幸なことがあいつぎ引きこもり気味だったけど、親娘で元気に参加してくれたし、自給的農家でずっとやってきた人もこれを機会に、販売農家にチャレンジして・・・それなりの手応えを感じてくれたようだし、玄米おにぎりも完売したし、焼き芋も相変わらず好評だし、ハーブのお菓子や石鹸や「売れるとかいな?」と思ってた商品もそれなりに売れたし、有機無農薬野菜は高くて思ったほどには手を出してくれずやや苦戦したけど・・・

商売チックじゃない、若手有機農業者や、何それ?の詩人も、みんな、みんな、一緒にやってて楽しそうだったし、よかった、ヨカッタ。

これからも2週間に一度の「わくわく朝市まつり」楽しく続けていこう。

関わる、仲間、お客さん・・・みんながホンワカ夢ふくらむように。

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2007年2月24日 (土)

古賀市の農業

先日、市の産業振興課の課長さんに来ていただいて、古賀市の農業の実態について説明をしていただいた。

耕作放棄地の割合は福岡県ワースト4位で、1位の大島村は多分が過疎が原因で、2位の立花町(八女)、3位新宮町と共に過去ミカン農家が多かった(オレンジの自由化により成り立たなくなり廃業)のが原因と見られる。

耕地面積、農家数は糟屋管内ではNo1で、お隣の福津市、宗像市や前原市に比べると半分以下だけど、それなりに農業が盛んな地域といえよう。主な生産物は、1位の米をはじめとして、バラ、鶏卵、いちご、みかん等で、全体の61%を占める。野菜は微々たるウエイトでしかない。

農業経営者の平均年齢は、男61.5才 女67.4才で、当地も高齢化が進んでいる。後継者の割合も低く先行き暗い。

新規就農に関する審査基準などの説明も聞いたが、ハードルは高そうで、なにがなんでも新規を増やそうといった意気込みは感じられない。

総じて、現状は非常にお寒い状況にもかかわらず担当課長の説明はごくタンタンとしたもので、熱い思いは一切感じられなかった。

まー、わざわざ説明に出向いて下さっただけ前向きと解釈できないわけじゃないし、とりわけ古賀市の担当がレベルが低いというわけでもないのだろう。

全国の状況は、古賀市同様、高齢化と後継者不足で年々耕地面積は減り、耕作放棄地は増えている。日本農業のビジネス規模は、1995年10兆7738億あったのが、1999年には9兆6699億と約10%減少しており直近の数字は把握していないが、自給率の低下を見る限りビジネス規模も低下の一途を辿っているのはまちがいない。

主な原因は、国際競争力を失い安い輸入農産物に負けた事にある。つくっても儲からないし、若い者も農業なんかやっとられんてことで別な仕事につき、消費者も農薬や遺伝子組替えもなんのその安けりゃOKてことで、国産にはそっぽを向き、輸入品大歓迎・・・当然、日本の農業はへたるわね。

国の対策は、兼業農家を切り捨て、効率の良い専業、大規模農家や集落営農を優遇する方向にカジを切り、県も市ももちろん右へならえだ。これって本当に正しいの?農業の現場のことには疎いので、あまり勝手なことは言えないがどう考えてもおかしい・・・逆だと思う。ひとりでも多くの人が帰農する方向へ持っていかないとヤバイのとちゃう?国民皆農であり、兼業OK、効率は悪いが生態系を守る中山間地を優遇し、輸入品には障壁をもうける。

我々民間の食育運動団体は地道に、消費者の意識向上キャンペーンを張り、国産品を食べよう、地場産を食べよう、地域の自給率を上げよう、少々高くても安心・安全・エネルギーのあるものを食べようということを訴え続けるので国も幅広い層に「イッチョ農業でもやってみるか」という気にさせる施策を打って欲しいものだ。

千里の道も一歩から、相手の立場もあることなのでケンカしても始まらないし行政も動きやすい状況をつくってあげれば動くだろう、その気にさせるだけの土台をきづかないと無理だとね。

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2007年2月22日 (木)

発想の転換術

下久保誠さんという人がいる。T字型のカミソリを発明したのは自分だと言っていた。その彼が教えてくれた発想の転換術を紹介しておこう。

①常に問題意識を持つ                                                           ②メモを常時用意(ありとあらゆるところ)                                              ③世の中すべてを複眼的な見方をしよう                                             ④既成概念を捨てる                                                      ⑤無から有へ、減点主義から加点主義へ、マイナス思考からプラス思考へ                          ⑥ただちに実践、行動に移す。決断力こそがすべての鍵をにぎる                                ⑦NeberGiveUp、決して決して決して諦めるな                                         ⑧ヒラメキこそ、眠れる巨大な潜在能力の発揮なのだ                                        ⑨α波呼吸法を完璧にマスター                                                 ⑩前例がないからやってみよう。信念を持ってやれば、悪口~信頼・尊敬へ                        ⑪正反対のことを考えてみる。押してもダメなら引いてみな                                 ⑫複数の材料を組み合わせてみる・・・グリコのおまけ、雪見大福                             ⑬国内・海外旅行をできれば年2~3回                                              ⑭我以外、皆我が師なり・・・吉川英治                                             ⑮身近にいる動植物から学ぶ。見るから観るへ、聞くから聴くへ                             ⑯場所や雰囲気を変えると、違った角度からのアプローチができる                             ⑰「どうして」「なぜ」という幼児のような好奇心を持つ

右脳の想像力は年齢による衰えはないそうである。                                         常日頃から、自分のライフワーク・テーマを持って上記のような発想転換術を活用しつつ生きていればヒラメキがパっと生まれるかも・・・。

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2007年2月21日 (水)

松下幸之助

一代で松下電器を世界的な大企業にした経営の神様であることは、誰でも知っている。病弱で学校も小学校中退、読んだ本も講談本くらい・・・

なのに、あれだけの偉業を為したのは、「徹底して人の話しを聞く」ところにあったようだ。根底に自分一人の力は知れている、他人の力を借りないとダメという強い自覚があった。

と、ここまでは良く聞く話し。問題は聞き方で、どんな話しも丹念に聞き、そのうえで「それ、儲かるかね」の一点に集約される聞き方が天才的なんだそうだ。

良く口にしていたことは、「経営の極意は曰く言い難いものがある。それを会得して値百万両」。晩年、自分の経営に対する思いを幹部に伝えるべく、自ら主宰する「経営研究会」で、第1講話のあたまで、

「経営というのは、聖人君子の業にあらず」と喝破した。

つまりキレイごとでは、経営できないということだ。聖人君子の基本は我欲を捨てることであり、そのためには世俗から離れるに如くはない、事業は世俗の真っ只中でやるわけで世俗を離れて成り立たない。

で、これだけだと普通の経営者と一緒・・・違いは、そういいながらなんとか君子になろうとしたところで、自らの事業を業から離れて理想化しようとしたところ。

やはり商売・事業というのは、聖人君子がやることではない、これが基本。・・・・でもなー、経営の神様にタテついてもはじまらないけど、というか、だけんダメなんよと言われるのを承知で思うのは、

「聖人君子が事業をやるのが基本、そのうえで世俗をどこまで巻きこむか」

この時代の世俗をどう見るか・・・後何年かでアセンションとかなんだとか言ってるこの時期に、世俗をなめちゃーいかん・・・といいながら、やっぱホンのごく一部しか支持してくれないだろうな、事業家にはむいてないという声がどこかから聞こえてくる。

いい加減ガキの発想から抜け出さないと、今度も潰してしまうと言い聞かせながら、

「聖人君子の業にあらず」と言いきった松下幸之助さんの凄さを思い返してみた。

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2007年2月20日 (火)

栄養学常識のウソ

一日2食切り替えてから、3ヶ月が経った。甲田先生の言うようになかなか調子が良い・・・お腹も見事にヘッコんでくれて若い時に近い感じになった。

そこで、「朝食はとらなければいけない」という現代栄養学の常識について、再度見直してみよう。         ○朝食を抜くと脳が働かない・・・そんなことはない。ふつうに朝食を食べていると、脳はブドウ糖をエネルギー源として使うが、抜くと別の物質をエネルギー源として使うことが解かっている。βーヒドロキシ酪酸50%、αーアミノ窒素とアセト酢酸が各10%、ブドウ糖は全体の30%にすぎない。

○規則正しい食生活をするべき・・・前日遅くまで飲食をし、朝おなかがすいていないのに食べるなどというのは人間だけで、野生の動物は一切そんなことはしない。人類が誕生して以来の長い歴史の中で飢餓におちいると、生命力が復活するという情報が遺伝子にインプットされている。

○男性は、一日2200キロカロリー、女性が2000キロカロリー必要・・・根拠は、一日2000キロカロリーくらい消費するからということからだが、人体の代謝は計算通りいかずミステリアス~実際に2食にして一定期間(3ヶ月くらい)過ぎると、体重減少に歯止めがかかり、増加に転じることが実証されている。指導通り食べていると確実に食べ過ぎになり、現実として肥満や糖尿病などが増えていることがなによりの証しである。

○バランス良く肉も野菜も食べたほうが良い・・・動物性食品は良質のタンパク源なので、肉も牛乳も卵もとたくさんの種類を食べようとすると、かえって食べ過ぎになる。また、野菜は体にいいからといって生で沢山食べ過ぎると、たちまち胃を荒らしてしまう。

○塩分の摂り過ぎはダメ・・・過剰なまでに神経質になって減塩に取り組むと、胃の働きが弱くなる。高血圧との因果関係もこんにちでは、数%の影響しかないといわれている。また、アメリカの学者が25才~75才までの20万7729人の調査をした結果、食塩の摂取量の最も少ないグループの死亡率が最も高かったという報告もある。塩を摂らないと肝臓でブドウ糖がつくれず血糖値が下がってすぐバテテしまう。

などなど、常識のウソは様々ありますね。いまでは、肉類や、乳製品、砂糖が良くないというのは、逆の常識になってきてはいるけど、厚生省は相変わらず姿勢を変えない(30品目摂れというのは除外したけど)ので、栄養士さんも大半は相変わらずのようだ。

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2007年2月19日 (月)

食ネット鳥栖

農水省提唱の「食育コンクール2006」で、佐賀県鳥栖市の「食ネット鳥栖」が、最優秀の農林水産大臣賞を受賞したというのが、今日の西日本新聞で報じられていた。

保健福祉と農業分野、県と市が横断的につながり、地域住民のために食生活の改善や地産地消を進めた先進性が評価された。

栄養士や生産者、スーパーや飲食店、加工業者など30以上の団体・個人が参加して自由な雰囲気のなかで定例会を重ね、今回の受賞となったようだ。

保健福祉部門と農業部門が協力し市内の大型ショッピングセンターで「とす"食と農”まちの保健室」というイベントを仕掛け700人の来場者に、骨密度の測定や健康相談、地元農産物の紹介、有機農家との交流など地域の住民のニーズに応えるなど、効果を上げている。

農水省の同事務局によると、行政が陥りやすい縦割りを脱し、地域も上手く取り組んだ最先端の取り組みであり、他の市町村でも取り組みやすく、全国モデルになれると評価している。

他にも、給食への地場産品の導入、飲食店にも環境と健康に配慮した「ロハスメニュー」に地場産を使ってもらうなど連携を深めている。行政に一方的に頼るのではなく、予算も労力も分かち合い、ないものねだりではなく「あるもの探し」の精神でここまで輪を広げてきた・・・

この鳥栖市の事例は、「古賀の食を考える会」としても、非常に参考になり励みにもなるので、イイ点はどんどんマネッコしてステップアップしていきたい。キーワードは「横断的つながり」と「あるもの探し」かな・・・。

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2007年2月18日 (日)

続・伊藤慶二氏講演録

マクロビオティックマガジン「むすび」が届いたので、前回に引き続き、伊藤慶二氏の「確実に病気をしない生活の仕方」を紹介したい。

○どんどん増える医療費・・・現在の国民医療費は32兆円で、毎年増え続けている。戦後60年の間に、日本は医療超大国となり、病人と病気が減ったら困る社会になった。

○肉を食べ続けるとガンに・・・かつて「毎日30品目を食べましょう」という、まさに「病気になって下さい」と言わんばかりの行政指導がなされていた。人体は炭水化物・たんぱく質・脂肪などをいっぺんに食べ続けると完全には消化・分解できず、必ず分解途中の産物を体が取り込み病気になっていく。そのなかで特に危険なのは、肉類・牛乳・乳製品などの動物性のたんぱく質である。

肉には3つの発ガン性がある。①肉そのものが持つ発ガン性②肉に使われた発色剤や防腐剤などが、体の中でニトロソアミンという発ガン物質をつくる③ジューシーで柔らかい肉にするために女性ホルモンを使っており、これが乳ガンの発生率をぐんと上げる。肉は、血管のなかに垢をつくって血管を詰まらせる~脳梗塞や心筋梗塞を引き起こす。当然、ボケにもつながる。

○代謝機能も低下させる肉・・・動物性の食品を食べるということは、植物性の食品に比べて化学物質を20倍くらい多く体に取り込むことになる。たくさんの肉類を食べ続けていると、体が物質的、感情的、精神的、スピリチュアル的にも鈍感になって非応答的になり、さらにレスポンス(応答)しなくなる~無関心・無気力・無行動になる。

なので、漢方やホメオパシー、アロマテラピー、食事療法、正食などで病気を治そうとしても、すべての治療に対して反応しないか、反応が弱くなる。同時に、すべての代謝機能(消化機能、内分泌機能)も低下する。卵巣の働きまで悪くなって子供ができなくなる。

他にも、肉はカルシウムの代謝を障害して骨をスカスカにし、骨折しやすくなったり、インシュリンの働きを低下させ糖尿病を発病、進行させる。

○牛乳で感染症発病しやすく・・・牛乳や乳製品も、飲み続けると分解途中のものを体に溜めていく。牛乳を飲みすぎたお母さんが子供を産むと、子供がアトピーやアレルギーを起こす。牛乳は、痰や鼻水などの粘液をつくる。お砂糖も、水に溶けずに、リンパ管を伝って粘液を作る~粘液は上気道に集まって、病原微生物の絶好の繁殖地になる~気管支炎、中耳炎、肺炎などの感染症になりやすくなる。

○免疫力おとす組換え食品・・・化学物質にはなるべく近づかないこと。とりわけ病気を治す時は、必ず生命力を消すので絶対に避ける。また遺伝子組換え食品も免疫力や生命力を落とし、抗生物質が効かなくなる。発ガン性があり、アレルギーも起こす。内臓の働きも低下させ、消費者には何のメリットもなく、巨大資本の利益に貢献しているだけ。

○砂糖の大量摂取も問題多い・・・砂糖を大量に摂りすぎると、最後はエネルギーになって消えるという正常な代謝ができなくなる。たくさんお砂糖を摂ると、20%くらいしかエネルギーに転換せず、残りの80%はコレステロールや中性脂肪になって、血管を詰まらせる~肥満になる、尿酸値が上がる。

お砂糖が入ると、血糖の上下が短時間に速く大きくなり糖尿病を発病・進行させるほか、子供の場合は、多動障害、短絡思考、学力低下、いじめ、暴力などの問題が起こってくる。

血糖のアップダウンが激しいと、ミネラルとビタミンの消耗も激しくその結果、生命力も免疫力も落ちる。肉同様、お砂糖もカルシウムの血中濃度を上げる~骨のカルシウムが抜かれ骨折しやすくなる。

また、お砂糖はヒスタミンのレベルを上げるので、アレルギー疾患には絶対に良くない。小児のアトピーや喘息を治す時は、お砂糖をきちっとやめれば、95%以上はそれだけで治る。

○スポーツ飲料は与えない・・・お砂糖は、極陰性。だから、収縮力が弱くなり、血管も収縮が弱くなると、血液の流れが悪くなって冷えてしまう。消化管もゆるみたるみ生命力を下げる。砂糖の極陰性の働きは、すべての病気に関係してくる。清涼飲料水やスポーツ飲料は砂糖がたくさん入っているので間違えても子供には与えないこと。戦後60年間で、日本人の食べ物はものすごく変わったが、医学教育や栄養学の対応がまったくなされていないので、結果的に病人を増やし続けている~本当のことを知らされていない、本当の情報を知っていたら、確実に病気をしない生活は可能。

○健康なら70点の生活でOK・・・「確実に病気をしない生活の仕方」のポイント。

①思いのあり方は常に大事~自分から悪い波動を出さない、悪い波動を受けても耐えられるようにもっていく。②呼吸の仕方も大事                                                          ③使う言葉に気をつける                                                       ④いつもプラス思考、明るく楽しく、おめでたく一日を過ごす                               ⑤食べ物は、おいしいお米や雑穀など、やはりイイ食材を確保すること、そのための努力は惜しまない          ⑥主食はしっかり食べ、品数は少ないほうが良い                                        ⑦化学物質は、どんな時でも、どんなものでも、常に有害・危険と思って対応すること                     ⑧「日常」と「お祭り」の区別をはっきりすること。毎日きびしいことばかりいうのではなく、たまにはお祭りもOK ⑨「ねばならない」という生活をしない。家族一緒にできるだけ同じモノを食べて、楽しく食事をする

病気がなければ、100点満点取る必要はない。確実に病気をしない生活の仕方で70点を取れれば病気はしない。

以上です。70点取れそうですか?あまり神経質になってストレスを溜めこむようでは、かえってマイナスなので、ある意味イイ加減な自然体の取り組みがいいと思う。

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2007年2月17日 (土)

無限エネルギー

お気に入りにいれてある「デイリールールファインダー」というサイトで知ったのだが、神坂新太郎さんが、無尽蔵エネルギーの取り出しに成功したそうだ。

森田峯生さんという方が開発した「生体アナログ電気」という機械でそれが可能になったとのこと・・・本源生体アナログ電気の大電流を人間の生活エネルギーに使用できるデジタル電気に変換、量は無限にあり、公害は一切なしのクリーンなエネルギーだ。

これが本当なら(失礼)、環境汚染も地球温暖化も心配無用。あまりにも凄すぎる話しなので、俄かには信じ難いというのが正直なところなのだが、神坂・森田両氏は天才なので凡人には及びもつかないことをやってのけるだろうし、嘘をつくようなチンケなかたではない。

だけど、こんなのが実用化されたら、化石エネルギーの出る幕は無くなるわけで、それで世界を牛耳っている闇の勢力が黙っているはずがない・・・つまり命の保証が無いってことになる。なにしろ連中は、ケネディもマリリンモンローもオズワルド他、ケネディ暗殺に関わる人物を一人残らず朝飯前に抹殺してしまうようなスーパーパワーを持っているわけで・・・

いずれにしても、今回の話しは空前絶後のビッグニュースなんだけど、マスコミはこのことを知っているのだろうか?

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2007年2月16日 (金)

産地廃棄

今日、野菜の産地廃棄のことを新聞記事で見た。

昨年、10~12月野菜が豊作で、産地廃棄の対象になっているキャベツ・白菜・大根など6品目のうち、キャベツや大根などをそれぞれ福岡・熊本・鹿児島・山口あたりで、計1300~1450トンも畑に廃棄したりトラクターでつぶしたりしたそうだ。

一般市民から、それはもったいないということで非難轟々になったので、農水省は有識者を集めて委員会を設置し、対策を練ることにした。そもそも、この制度は価格安定のためのもので、過去の平均市場価格を3割も割り込むと発動され、出荷抑制をして価格の下落を抑えるようにしてきた。

廃棄された額の一部が生産者が積みたててきた基金と国の補助によって割り戻しされる。農家も折角つくったものを捨てるというのは、市民から言われるまでもなく辛いことだとは思う。が、しかし収獲の手間や、どこかにあげるとしても輸送の経費などを考えると、捨てたほうが早いとなるのだろう。

農水省は、一般市民からもなにか良いアイデアがないかと募集をかけている。農水省のHP、Eメール、FAXなどで受けつけているので、我こそはと思うかたは、エントリーしてはいかが?

話しは変わるが、あの中丸薫さんが、「2008年から食糧不足、水不足が起こる」と明言している。ホントにそんな状況になったら、捨てるなんて発想は出てこないだろうし、そういう事態も踏まえて、今から知恵を絞って置かないと・・・・

でも、ちょっと頭をひねったくらいじゃ良い案浮かんで来ない・・・沢庵や白菜の漬物にする、弱者救済策としてタダであげる、飢餓に悩む国にあげる、物々交換する・・・といっても、手間とお金と輸送と保管などなど色々問題をクリアしないと。3人寄れば文殊の知恵かー???。

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2007年2月15日 (木)

想いは叶う

友達の焼き芋屋さんからもらった、「あるがまま舎通信」という機関誌に載っていた「想いは叶う」というコラムより・・・

叶うという字は、十回口にすると叶うという意味になっている。この方は3年前に夢をノートに書きとめてずっと想っていたら、今現在、理想としていた田舎暮らしが概ね実現したとのこと。

他にも関連して目標を立てていて、こちらのほうも半分くらいは実現したそうだ。以下、紹介させてもらうと、

①内外にすばらしい友人・知人がいて、いつも心豊かに暮らす                                 ②人々の癒しになる何か作品をつくり、喜ばれるアーティストになる                                   ③世界中の自然の豊かな美しい場所を訪れ、美しい人々とのふれあいを満喫する                          ④野山を駆けまわる強靭な身体と知恵と勇気を備えた人になる                            ⑤右脳が開き、直観力が冴え、宇宙の無限の力を活用する人になる                             ⑥何事も人に頼らず、じぶんで判断し、解決することを基本に置く人になる                        ⑦物を大切にし、出来るだけ無駄のでない循環型生活を実践する人になる                      ⑧自分の才能を最大限に活かした実業家になる                                         ⑨生活に必要な収入を得るための収入源を複数用意する                                  ⑩自然農で自給用の米・野菜・果物・木の実・キノコを栽培する                              ⑪炭焼き・木工・陶芸・魚釣り・キノコ・山菜採りの達人になる                                    ⑫水生昆虫や小魚のいる水草の茂る美しい池をつくる                                   ⑬薬草に通じ、漢方治療を意のままにできる達人になる                                 ⑭ヘンプ(大麻)を栽培し、暮らしに役立つ麻製品を開発する                                  ⑮家の傍に作業小屋、工房、アトリエをつくる                                         ⑯醤油・味噌・豆腐・蕎麦・うどん打ち、各種保存食造りをマスターする                             ⑰ロシアの人々との交流や釣り、自然体験について本にまとめる                                    ⑱すばらしい先人の話しを聞き、記録し、伝える

以上・・・素晴らしいですね。何年か後に殆ど実現してるんだろうな。このなかで、特に共感するのは、①⑤⑦⑩⑬⑭⑯だ。

あるがまま舎は、九重・飯田高原にある。

あるがまま舎というネーミングがまたいいですね。木工・カフェ・蕎麦屋をやっていて、たまにコンサートやイベント、ギャラリー展示などもやっているそうです。こうした生活や活動を発信し確かな手ごたえのある関係を築いていくため機関誌を発行しているとのこと。

よく見てたら、知り合いのミュージシャンのDaddyさんもここで演ってるやん。それに川辺川のダム反対運動をやっている寺嶋ゆうちゃんもイベントで関わってるし・・・やっぱ、つながってるよね。

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2007年2月14日 (水)

四葉のクローバ

岩手県一関市の佐藤修司さんという人が商品化して、地元で大ブレイクしそうな四葉のクローバがあるそうだ。

商品名は「しあわせみぃつけた」。黒いビロードっぽい葉のクローバで、三つ葉の中にいくつか四葉が混じっている。草むらでなかなか見つけられなかった人もこの鉢では必ず見つかるところが人気のもと・・・・もともとそこらへんにある品種をうまく商品化しただけで、昔から知っている人は知っているらしい。

普段はあまり花を買わない若い女性がターゲットで、バレンタインデー、ホワイトデー、卒業式あたりに良く売れる。もともと花業界は春先に売上が落ちるので、穴埋めに喜ばれているとのこと。

寒い地方向きの草のようで、その点からも岩手はピッタシ。一関市の四店舗の花屋さんで1500鉢売れている~作るのは、ハウスの温度管理や肥培管理のコツがあるそうだが、いまのところ企業秘密だって。

けれど、まず一鉢買って株分けでバンバン増やせるそうなので、ヒマのある人は何回か実験すれば上手くいくかもしれない・・・。

この佐藤さん、なかなか目のつけどころがいいですな。

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2007年2月13日 (火)

エコライフ

これ以上、環境悪化がすすみ、子供達からいままでの大人はなにやってたんだよって恨まれないようにするには、アル・ゴア氏のすすめる「あなたもすぐできる10のこと」をひとつでも多く実行するしかないだろう。

ってことで、                                                                  ①省エネ型の電化製品や電球に変える                                           ②停車中はエンジンを切り、エコドライブをしよう                                         ③リサイクル商品を積極的に利用しよう                                             ④タイヤの空気圧をチェックし、車の燃費基準を上げれば無駄なエネルギー消費を防げる                      ⑤こまめに蛇口を閉める                                                      ⑥過剰包装・レジ袋を断る                                                      ⑦エアコンの設定温度を変えよう                                                ⑧たくさんの木をうえよう                                                      ⑨環境危機について学ぼう                                                     ⑩「不都合な真実」を観よう

まずは、⑩から始めたらイイと思う。認識しないとその気にならないからね・・・このなかで威張って言えるのは、車に乗らず(乗れず)に自転車を使っていること・・・といっても、免許取り消しになったからであり、しょっちゅう友達に乗せてもらっているわけで威張れた話しではないというのが実態だが、ともかく自転車はお金もかからず健康にもいいので、チョーおすすめ。

他にも、エアコンにしろ、省エネ家電にしろ水道もエコライフが根付けば、結果的に節約になる項目が多く得して環境負荷を減らせるわけで、このあたりから積極的に取り組めば地球からも未来の子供からも喜ばれ三方一両徳って素晴らしい状況になる。

とかく環境問題はリアルに自分のこととして考えにくいので、ラクにできて、得して、楽しくやれるよう工夫しないとみんなやろうとしない・・・それをどうこう言っても始まらないので工夫するしかないと思う。

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2007年2月12日 (月)

マクロビインストラクター

マクロビオティック・インストラクター塾(MI塾)第2期開講。

第一期MI塾は後半失速して落第、性懲りも無く第2期にも参加してきた。知識をインプットしてもTVゲームショップではアウトプットする機会もなく、折角勉強しても身につかず頭の中をすり抜けていくだけという自戒もあるが、きたるべき食のモデルショップ開設の構想もあることだし、もういちど勉強しておこうと・・・・

塾長の岡部賢二氏は、いまやマクロビ界で押しも押されもせぬ売れっ子スターであり、今回値上げしたのもものかわ、40名を超える参加者で会場は満タン状態・・・もちろん8割方は女性で、酔っ払いのなんちゃっておやじは少々、場に不釣り合いなカンジもしないではない・・・

ともあれ、第一講。

岡部塾長・・・人材不足なので、ひとりでも多くここを巣だって各地で指導的役割を果たして欲しいという激励とともに、今回は病気の根本原因の話しと陰陽五行における「肝・胆のう系」がテーマで始まった。

病気の根本原因は何か?・・・・それは血液。病気の種類は19万種類あるけど、そのもとになるのは血液の汚れにある。

血液が汚れると流れが悪くなり、そこから様々な病気が生まれる。だから、血液をキレイにして流れをサラサラにすれば殆どの病気が治るとも言える。

血液が汚れる原因は何か?・・・特に動物性の脂である。しかも動物は人体より体温が高いので、人体に入ると汚すだけでなく冷えて固まる。おまけに砂糖やコーヒーや南方系の果物が好きな人はさらに体を冷やすことになるので、血管のなかで固まり流れが悪くなる。

肝臓・腎臓は人体の浄化槽であり、肝腎要の臓器である。ここが、浄化能力のキャパを超えない範囲で正常に機能していれば問題ないが、日常的に汚れやすいものをたらふく食べていれば、早晩オーバーフローするのは自明の理。

オーバーすると、汚物が溢れだし最終処理器官である皮膚に症状が現われる、これがアトピー・・・つまり皮膚で処理してくれているわけで、ここで思うことは皮膚に感謝しかない。この最終処理器官でもオーバーしてしまうと体の内部にフィードバックして炎症を起こしたり、腫瘍をつくる。このなれのハテがガンである。

ここまできても、相変わらず汚れを溜め続けるとガンは一ヶ所の留まらずアチコチに転移することになる。汚れの終着駅でありエッセンスであるガン細胞を手術で取り除いても、根本原因である血液を汚す生活を続ければ最後はガン細胞とともに人体が死ぬしかない。

だから、アトピーにもガンにも感謝して、よくぞいままでの生きかたが間違っていたことを教えていただいた「ありがとう」って心底、生活を軌道修正するならばアトピーもガンも怖くない。この気持ちの持ち方が非常に大切であって、不安・恐怖・怒りの感情を、笑い・感動・感謝の気持ちに切り替えることと、セットで血液をキレイにする正食に取り組めば全快は必定なのだ。

つづいて、陰陽五行の「肝・胆のう系」の話し・・・

肝・胆のう系の働きは、潤滑油的役割を果たしており気・血・水のエネルギーを全身に循環させている。別の言いかたをすれば「自律神経系」ここが弱ると交感神経が緊張し筋肉に障害が起こる。けいれん、麻痺、硬直~ビートたけしのチック症や、てんかん、肉離れ、呼吸器の筋肉に変調をきたしたのが喘息など、根っ子はすべて肝・胆のう系のヘタリにある。

前段症状として、こういう人は、まばたきが多い、顔色が青白い、唇のふちが青黒いなどの兆候があるので気がついたら即、汚れの原因となる、特に油モノはさけるべきだ。と、同時に溜まっている汚れを掃除してくれる食べ物、春の野草、ニラ、大麦、こんにゃくなど食物繊維の多いものを積極的に摂りいれた方がよい。

その他、酸っぱいモノ、梅干とか発酵食品の味噌、漬物など全部OK・・・・要するに欧米か!はやめて日本の伝統食にもどせば話しはカンタンってやつだ。

ざっと、うんとはしょってまとめるとこんな内容が第一講であったわけだが、これから全部で十講ある。今度も失速の恐れありだが、聞いた限りはアウトプットできる場はこのブログくらいなので、なんとか伝えていきたい。突っ込んだ質問も岡部大先生に聞けばわけはないので、なんか知りたい時はコメントにでも入れといてチョンマゲ。

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2007年2月10日 (土)

フードマイレージ

食材の量と輸送距離を掛合わせたものがフードマイレージだが、日本の場合9000億トンキロメートルといわれている。といってもピンとこないが・・・

生産と消費が離れすぎている。日本人ひとり当たりにすると、日本とロサンゼルスくらいの距離があるそうだ。で、なにが問題かというと、それだけエネルギーを消費しているということ。日本人が食べ物を一kg摂取するのに石油2リットル消費していることになる。

耳にタコだが、日本の食糧自給率は40%。米を除けば30%、特に小麦・大豆・トウモロコシあたりは10%未満だ。これだけ、輸入に頼っている国は先進国では類を見ない・・・ということもよく言われている。

遠くから運ぶということは、エネルギー問題だけでなく、ポストハーベスト問題もある。また、最大の輸入はアメリカからのものであり、これはまた遺伝子組替え農産物も最大であることを意味する。

こうなる理由は、日本から工業製品をバンバン輸出しているので、見返りとして農産物を買えという要求に応えざるを得ないことと、消費者が安いものを求めるからである。

ホンネを言えば、環境なんて真剣に考えてないし、モノも安けりゃイイというのが、大多数。

遺伝子組替えでポストハーベスト(農薬)まみれのエサを食べさせて、鶏や豚や牛を太らせ、それを人間が食べる・・・・この現場を目の当りにしたら、とても食べられたモンじゃないけど、生産~消費の距離が離れているので実際に見ることはない、それに今食べたからといって明日体調が悪くなるわけでもないので食べられる。

だけど、このままじゃいけないということも解かっている~だから地産地消というコトバも聞き飽きるくらい叫ばれている。加えて、温暖化だ、今年の冬なんて異常だよね。異常が通常にならなきゃいいけど・・・

温暖化は食糧危機を招く~その先を考えるとゾっとする・・・自給的農業を始める、米を食べる、国産品を食べること、この3点セットは日本人にとって生き延びるための必須の課題であることを肝にすえないとヤバイっす。

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2007年2月 9日 (金)

コンビニで雑穀

AmPmで、しそひじきおにぎりが120円~これには、ハトムギ・もちアワ・もちキビ・もち黒米など16穀を使っている。もうひとつ、鮭野沢菜~いきいき元気十穀米というのもあるらしい。

ナチュラルローソンでは、黒米や玄米のお弁当550円・・・これが好評だったので、普通のローソンでも取扱いを増やしているそうな。セブンイレブンでも雑穀おにぎりを品揃えetc

日本雑穀協会では、雑穀は様々な色、香り、食感を持つ雑穀がブレンドされおいしく食べられるようにしているのが人気の元と分析している。背景には消費者の健康志向の高まりにより、食物繊維・ミネラルが豊富なうえ、栄養バランスもいいのがウケているのだろう。

ただ、コンビニが扱うということは、その量もハンパじゃないのに、国内産を使用って打ち出してるけどホント?友達の元コンビ二店・店主が言ってたけど弁当に魔法の粉(防腐剤)を混ぜ込んでつくるらしい・・・雑穀弁当も例外じゃないよね?などと、いくつかハテナがついてしまう。

まあ、それでもお米や雑穀の消費量が増えることはいいことだと思うので固いことは言わないが、どうせやるなら、純国産で、無農薬で、添加物など使わずに見の丈にあったやりかたで地道にやりたいなーと思っている。

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2007年2月 8日 (木)

貧困

昨日、生活ホットモーニングで貧困問題を取り上げていた。

一人目の例は、秋田に住む89才のおばあちゃん。年金だけでは足りないので生活保護を受けているのだが、財政難の影響で老齢加算分が削られ、2年前にくらべ約20%減で、月額68950円の支給となった。そのため、食費を3万円から2万円に減らし、風呂も3日に一度、夜は8時に眠たくないのに床に着く。そうしないと、電気代や灯油代が高くつくので・・・

買い物も、行く回数を減らし、丁度取材のあった日はスーパーで、3パック72円の納豆とレタス一個と10個で110円の卵を買って、合計297円におさめていた。その日の夕食は、納豆ひとつと、みそ汁とご飯というメニューで、以前は一週間に一度は好きな刺身も食べられていたのに、今は目の毒といって、その売り場には近づかないようにしているとのこと。

おばあちゃんの旦那さんは、15年前に亡くなって今は一人暮し・・・最近は高血圧で薬がかかせない状態(医療保護があるので、こちらはOK)

おばあさんは言ってた・・・一番悲しかったのは、孫同様に可愛がっていた人が結婚するってことで、招待されたのだが、お金がないので「体調が悪い」とウソを言って断ったとき、このときは悲しくて涙が出た・・・食べられないより、心の痛手のほうがつらいと・・・

このおばあちゃんに、「無農薬野菜のほうが体にいいよ」って言えるか・・・NOだ。1パック24円の納豆しか食べる余裕がないのだ。なんか、このおばあちゃんが悪いことでもしたのかと言いたい。

もうひとりは、50才の男性・・・去年まで、運送会社の事務職をしていたのだが、リストラにあい、おまけに腰を痛めてしまったので、生活保護を受けることになった。その後も、腰痛をかかえながらでも働ける場所を探してみて、最初は弁当屋さんに勤めたけど、8時間の立ち仕事でギブアップ、次はクリーニング屋さん、ここも洗濯物を出したり入れたりがこたえて4日間でアウト・・・「出来ると思って勤めてみたが甘かったです」

「生活保護なんか受けずに100%働いて自力で生きていきたいです」という思いで、毎日のように就職情報誌に目を通しているが、いまだに見つかっていない・・・ちなみにこの方の、その日の食事はご飯にウインナーソーセージのみ、おばあちゃん同様一人暮しだ。

このおふたりを見ていたら、胸が痛くなってきた・・・なにがセーフティネットじゃ、網が破れとるやんかー!旧日本長期信用銀行には税金を7兆9000億もつぎこんで、おまけに瑕疵担保条項で9280億も保証金を差し出し結局、リップルウッドというハゲタカは、自前のお金僅か10億で総資産14億の銀行を手に入れ、黒字を計上しても税金は本国のアメリカに入れている・・・こんなアホくさいことをやって、片方では人間の尊厳も奪うような血も涙もない弱者イジメをやっている。

あのおばあちゃんは、2~3万のお金がなくて結婚式に行けなかったんやぞ・・・7兆9000億もあったら、3兆9500億回も出席できたのに!

この国は思いやりのカケラもないやつがエラクなり、政策を決め弱い者イジメをするようになった。まことに恥ずかしい国になった。ぼやいてばかりいてもしょうがないので、こんなアンポンチンを頼らずになんとかするよう考え実践していかねばならない。

わかちあい、たすけあう共同体、腰痛でも働けるような雇用機会の創出・・・貧困が固定化してしまう世の中から脱するには自給的農をベースにした小さな村を創るしかないか。食べることだけでもクリアすれば、ずいぶん豊かな気分になれると思うが・・・。

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2007年2月 6日 (火)

浄化

適度に飲めば、自他ともに楽しい時間を過ごすことが出来るのに、飲みすぎると相手を傷つける言動が出てしまう。

根本の問題は、どんな状態にあっても相手を傷つけたり不快にさせるようなことが、全くでてこない完璧な浄化ができていないことにある。次にそれほどまでに酒を飲んでしまう、酒に飲まれてしまう自制心の無さである。そしてこのふたつはつながっているのではないか?

考えてもよく解からない・・・なにかしでかした時は、それなりに反省もし、しばらくはイイ感じなのに、また同じことをやってしまう。アル中ではないと思っているが、酒を求めていることも事実・・・酒がキライと言ったら大嘘になる。

よく言われることに、「酔った時に本性が出る」というのがある。だとしたら、適度に飲んでいるときは理性が働いていて本性を隠していて、前後不覚まで酔っ払った時こそ本性丸だしの状態ということになる。なので、丸だしの状態を浄化された美しいものにしたい&そこまで酒を欲しがらない状態になりたい。

浄化するには、どうしたら良いのか?                                                身体の浄化と連動して、思考も感情も浄化していかねばならない。これが出来ないとアセンションもヘチマもない。再度、再度よーく考えてみよう。

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2007年2月 2日 (金)

年次改革要望書

関岡英之著「拒否できない日本」で、年次改革要望書のことは、ある程度認識されてきたのかな?アメリカ大使館のHPにも載っているので、別に隠しているわけでもないのだろうが、マスコミが報道しないので多くの人はその実態を知らない~郵政民営化反対派は負けて、小泉が勝った。

1994年の宮沢&クリントンから始まる「年次改革要望書」に沿って着々と、法制化~アメリカの国益にかない、日本の国益を損なう施策が展開されてきて郵政民営化はその総仕上げと言われている。350兆円はアメリカに持っていかれる~そのときになって初めて国民はアジャパーとなる。

でも仕方ない、みんなでブッシュのポチと言われるような人を選んだのだから。アメリカと小泉&竹中とマスコミがどういうことをしてきたか、カラクリはこの年次改革要望書を読めば解かる。というか、関岡さんの本を読んで、事実と照らし合わせれば一目瞭然である。

賛成派=改革派=善玉、反対派=守旧派=悪玉の図式をつくりあげ勧善懲悪小泉劇場を演出して、国民をだましアメリカによいしょして自らの立場を守ろうとしたヤツ等は誰だ・・・

国民はいつまでもだまされはしない・・・自分の身に火の粉が降ってきたら、そのときは解かる。いままでも先方の要望に沿って、人材派遣の自由化、大店法の廃止、建築基準法の改正など、アメリカが参入しやすくするための法整備をすすめてきた。さらに三角合併もOKしてどうぞ買収して下さい、医療分野も侵食していいですよ・・・こんなことをする連中のことを「売国奴」と言う。

アメリカ人はアメリカの国益の為にやっている、それは当然のこと。おかしいのは日本人なのにアメリカの国益のために動く人(自分の利益のために動いている)・・・一般ピープルならまだしもリーダーは、滅私奉公の見本を見せていただきたいよね、国益の為に。

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2007年2月 1日 (木)

天地の歌

天地(アワ)の歌・・・秀真伝(ホツマツタエ)に出てくるこの歌を大声で毎日繰り返し歌ってると、魂の浄化がはかれるらしい。

体は、風呂にはいればキレイになるけれど、魂はそうはいかない。毎日、世俗の塵に汚れて曇りに曇ってしまう・・・身魂磨きが大事と解かっちゃいるけど、ついつい汚してしまうのよね。そうしたとき効果的なのが、この「天地の歌」

アカハナマ イキヒニミウク フヌムエケ ヘネメオコホノ モトロソヨ ヲテレセヱツル スユンチリ シヰタラサヤワ

ヒーリングルーム「ひふみ」の天野さんという方が言われるには、体の内側から、光が体中にみなぎり、ミゾオチにパワーが凝縮されたりするとのこと。遠く古代、イザナギ・イザナミの時代から言霊パワーで魂を浄化してきたものだけど、多くの現代人はそれを知らない。

ひふみ祝詞も、47音+んで48音、天地の歌も48音・・・コトバのならびがちがうのは、それぞれ意味があるのだろうが、よく解からない。すでに「ひふみ祝詞」は毎日唱えているが、さらに浄化のスピードアップを図らねばならないようなので、こちらも採りいれてみようと思う。

昨日は、棚卸でパソコンを触るヒマもなかったが、今日あけてみると予想通り、ガイコツ人のコメント攻撃が450件溜まってた。嫌がることを、よくも毎日できるもんだなーとあきれている。削除するのが大変って解かっているのかねー・・・こういう方たちは、罰として天地の歌100回毎日続けなさい!

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2007年1月28日 (日)

困った時のひふみ頼み

困った時、迷った時には日月神示(ひふみ)に聞けば良いのに、つい自分の頭で考えてしまい余計にこんがらがってしまう。神示がストンと肚におさまってないのと、このところなんやかやと頭に詰め込みすぎて、消化不良になっていたのが原因かなと・・・

アンテナショップの実験を始めるにあたり、現実的な和、小さな和のみ考えていて、より深い和、大きな和を生み出すことも含めての実験であることとを忘れていた。

日月神示では、

和のないところ 天国ないぞ。 気の合うもののみの和は和でない、色とりどりの組み合わせ、練り合わせこそ花咲くぞ                                                                  宇宙のすべてがつながり 石でも水でも 草木でも 動物でも手と頭のようなもの                      和すには神をつうじて和す 神を通さずに神なくして通じるのが悪和合

はじめの喜びは食べ物 次は異性ぞ 溶け合うことによって喜びとなる 喜びは神                    まず自らと自らと、和合せよ                                                  同じもの同士では 和合ではない、違ったものが和すことによって 新しきもの生む                     天使は天と地の和合 プラスとマイナスと和合せねばならん                                 喜びの和合 溶け合う和合 神ある和合                                           こらえこらえているのでは 和合ではない いままでの和合はカス 悪和合

と、これを思い出してハタと気がついた。こらえこらえて和合(妥協)することも、一時考えたが、それはマズイという思いがあったので、違うとおもっていたものを排除しようと決めかけたのだった。それでもなにかシックリこなかった時、神示を思い出した・・・

そうだったんだ、違ったものを排除しようとしていたんだと・・・それでは真の和合ではない、経済的にも効率的にもプラスとマイナスと和合しなければいけない、そうなるにはどういうカタチが望ましいか?と問いの立て方が定まると、答えは一目瞭然。

この実験アンテナショップは、「こころと体の健康を売る店」それには、モノを売るだけの平面的な店ではなく、こころが元気になる、豊かになる、ワクワクするといった立体的な展開の場なんだ・・・目に見えないものも受けとってもらう、心と体のいい循環が生産者・流通・消費者の間でグルグルと関わりを深め広げながら・・・そして本番へと辿りつけたら、万事OK。

ということで、引っ掛かっていた部分がスッキリしたので、あとは具体的にどう融合させるか考えるのみ。

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2007年1月27日 (土)

迷妄の世界

現実的な世界だけに生きていた時は、迷うといっても右か左かどっちが損か得か、あるいは常識と照らし合わせて正しいか間違っているかくらいのことで終わっていたが、本質とか、真理を探求するに至ってからは迷うことも多く、かつなかなか答えが見出せない・・・。

ひとつ答えが見つかったと思ったら、すぐまた新たな疑問が湧いてきて、迷い道クネクネ(こんな歌あったよね)・・・以前からの疑問は「神一厘の仕組み」であり、自己称停止グループの言う「究極の解答」だが、これはまさに究極の疑問なので、解からずともそれに向って行く過程で丁度山登りと同様、高みに登っていくごとに見える景色が変わって来るのだろうし、誰に聞いても解からないテーマだから、解からないということに対して半ばあきらめというか、どこか委ねている気分なので迷うというのとは、ちょっとちがう・・・

なので、現実に迷ってることはといえば、究極と現実の狭間に起こることであり(すべてがそうだと言えるのだが、より究極に近い現実)・・・それは多くはエゴから生じる問題でもある。

エゴとエゴがぶつかって、問題が起こり、その対応にベストな選択をしようとする時、神様だったらどうジャッジするのだろう?って考え出したら右でも左でもOKという答えが帰ってくる・・・でもどっちでもいいその答えで、この現実の問題に対して本当に答えになっているのかな?って思うと、大体においてより現実的な判断をしたうえで決めてしまう。

・・・そして、その後で現実的な選択をしたっていうことは、究極に対しては足踏みをしたことになる?もっと現実から離れたほうへジャンプしたほうが良かったのかな?なんて迷いが湧いてくる。やっぱ、究極というのが明確に解かってないと判断できんよなと、さっき言ったことと矛盾するような思いがまたぞろ、出てきて堂々巡りをしてしまう始末。

いま、これを書いている瞬間も何を言いたいんだろう?と思いつつ・・・尻切れトンボのつぶやきで終わる。大体、仕事中にこんなこと考えていたらダメだよな。

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2007年1月26日 (金)

暴露ラッシュ

昨日は、歯が痛かったので珍しく誘いを断って真っ直ぐ家に帰って食事をしながらTVを見ていたら・・・

アパの女社長が泣きながら会見していた。耐震偽装問題では、きっこさんが早くから藤田東吾さんとのメールのやりとりなんかを紹介していたので、アパグループの悪行については以前から知っていたので、この女社長の涙を見ても可哀想だなんてちっとも思えず、藤田さんやったねってカンジでながめてた。

ちょっと前の宮崎県の談合問題にしろ、やっている本人達は今までもやり続けてきてなんてことはなかったので、まさか自分がバレルとは思ってなかったのだろう・・・今現在でも、日本のアチコチで利権に群がる連中がいままでOKだったから、これからもって思って悪行を繰り返している人たちも大勢いるんだろうな・・・

不二家のペコちゃんも今頃大泣きしてるんだろう・・・雪印事件のとき、不二家の人たちはどういう目で見ていたのか?マヒってのは恐ろしいね・・・普通に考えてヤバイ!とか思わなかったのだろうか?こういうアンポンチンの下で真面目に働いていた人達こそ大迷惑だよね。

それにしても、ボコボコでてくるねー・・・これからも膿みはドンドン出てきそう。以前はこんなにバレなかったのに何故?アパに関しては、やはりインターネットのおかげだと思う。きっこさんが叩きまくり、それで力を得た藤田さんが本まで出して、隠蔽しようとしてももうダメって利権集団も判断せざるを得ないところまで追いこんだから・・・。

だから、いまの時代は隠そうたってムリと観念して、みずから白状せい!そのほうが罪一等減じられるかもしれないし、再生にはやく着手できる・・・どっちが得かよーく考えよー♪

損か得かで考えるのもナンダカナーてかんじだけど、どうせ悪いことをやるんだったらねずみ小僧みたいにやって欲しいよねー。

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2007年1月25日 (木)

反省

このところの不節制がたたって、歯が腫れたり、先日グラグラしていた前歯が一本ポロッと抜けたりして、ますますご飯が食べにくくなったところに、友達との間でイサカイが起こったりしてちょっとブルーな今日この頃みなさんいかがお過ごしでしょうか?って、きっこさんのパクリから入るんだけど・・・

なんで、そういう気持ちになるかというと、日頃から相手を責めるな、裁くなとか、目の前に起こることは必然必要だから感謝してなどと、エラソぶって言っておきながら、イザ自分のことになると同じような反応をしてしまう・・・イイ年こいてまだまだだよなーとつい反省。

そもそも相手の気になる部分というのは、自己の投影というか、自分にとって気づく必要のあることを見せてくれている・・・そういう視点で振りかえって見た時・・・あったあった!それは「甘え」であり「依存心」というものだった。そう言えば、カミさんからもよく言われてたよなーっと。

頭山満も「ひとりでいても寂しくない男になれ」といっていたし、エハンさんも「独立個人」になろうと・・・甘えんタレでは、何事も成し得ない。自分で成すべきことを成したうえで、自然に融合してこそ1+1が3にも4にもなるわけで、ぶらさがり根性でくっついては自他ともにイイ結果は生まないと思う。

そういう意味では、イサカイもOKだったよなと、一晩過ぎれば思えてくるのだ。

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2007年1月23日 (火)

清富への道

今日は1月23日、ひふみの日にちなんで日月神示より「清富」について・・・

「生活が豊かになってくるのが正しい道ぞ。行きづまったら間違った道歩いているのざ」

「神と金ふたつに仕えることはできん。そのどちらかに仕えねばならんと説かしていたのであるが、それは段階の低い信仰であるぞ。影しか解からんから、時節が来ておらんから、そう説かしていたのであるが、この度、時到来したので、マコトの道理説いて聞かすのじゃ。神と金と共に仕えまつるのは、肉と霊とともに栄えて嬉し嬉しとなることぞ。嬉し嬉しとはそのことであるぞ。神と金と二つとも得ること嬉しいであろうがな」 

「清くして富むのがマコトじゃ。地も富まねばならんのじゃと申してあろうが。これから先は、金儲けばかりもできん。今までのような神信心ばかりもできん。神の道を進むものは、嫌でも金がたまるのじゃ。金がたまらねば深く省みよ。道に外れて御座るぞ。人は罪の子ではない、喜びの子ぞ」

「金が好きなら金を拝んでもよいのじゃ。区別と順序さえ心得ておれば何様を拝んでもよいぞ。金を拝めば金が流れてくるぞ。金を拝み得ぬイコジさが、そなたを貧しくしたのじゃ。赤貧は自慢にならん。無神論も自慢にならん。清貧は負け惜しみ。清富になれよと申してあろうが。清富こそ弥栄の道、神の道」

中矢伸一さんの解説によると、

神示によれば、身魂の磨けたぶんだけ、その人の徳相応に、おかげをいただけるようになっている。生活が苦しかったり、金に困ったりすることはまだまだ身魂が磨けていない証拠である。メグリを果たして神の正流を正しく受ける人は、たとえいやだと言っても分に応じた富は必然的に集まってきてしまう。道に従えば、意識しなくても弥栄えていくのがマコトの道である。

ということらしい。で、どうなのか?金に困っていませんか・・・どっちとも言えない。借金があるので困っているといえば困っているが、商売してれば借金も必要悪。ただ、新規になにかしようと思ったら金がないのがネックなので大いに困る・・・ということは、これからもっともっと身魂を磨いて必然的にお金が集まってきたらGO!ということなのかな。

金を卑しんだりはしていないが、金を拝んだりもしていなかった。新規に食のモデルショップやりたいんでお金が集まってきますようにと拝むべきかもしれない・・・肝心なことは、やはり「清富」という意味をしっかり掴んでからの事のようだ。                                                            

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2007年1月21日 (日)

地産地消

今日、古賀市の農業女性が企画した「あったらいいな、生産者と消費者のこんな関係」というパネルディスカッション形式の催しに参加してきた。

サブタイトルは「古賀市で取り組む地産地消とは」ということで、いまや「食」に関しては著名人になった西日本新聞社の編集委員・佐藤弘氏の講話を皮切りに、パネラーをまじえた討論がなされた。

メインテーマは、地産地消に対する認識を深めること。サブとしては、                                 ①「外国産有機、地域の農産物、どっちがいいの?」                                        ②「安心・安全のコンビニ、利用しますか?」                                             ③「こんな直売所あったらいいな」

なぜ、地産地消なのか?これが解かれば、外国産より国産、国産より県産、県産より自分の住んでいる地域(昔なら4里4方)のものを消費したほうがいいってことにおのずからなる。

身土不二と地産地消はほぼ同義語で、身体と土=環境は一体のものであるという意味だが、昔は交通手段が限られていたので、なにも意識しなくても結果的に地産地消になっていた。ところがいまや60%は外国のものを食べている。

腸内環境は、その土地の風土、微生物環境とリンクしている。熱帯にバナナがあるのは、体を冷やしてくれるからそこにあるんであって、寒い地方の人のためにあるものではない。

さらに、これだけ環境問題が悪化しているのに遠くからエネルギーを使って、汚染物質を垂れ流しながら運んでくるっていうのも非常にナンセンスな話しだし、

ここらで、気がついてみんな地元のものを食べようじゃないかと・・・そうすれば、その地域のお百姓さんもうるおうし、持続できる。中国産は確かに安い、けれど危ない・・・家族の健康を考えるならば、安全・安心な地元のしかも環境も保全できる有機農産物を買おうじゃないのと、こうなるハズだ。

このへんの理屈は解かっているんだと思う・・・が、しかし自給率は下がる一方。解かっていることと、そのとおり行動することとは別なんだよね。せめてこれからの未来を担う子供と、これから子供を産むであろう女性は、人一倍意識を持ってもらいたい。

このまま、安い外国産に頼りっぱなしだと、古賀市の農家も確実に衰退していくそうだ。もちろん古賀だけの問題ではなく全国的にそうなっていくのだろう。その時になって慌ててもどうにもならない、いまから地域の食は地域で守る、日本人の食は日本で賄というカタチに戻していかないとオオゴトになる・・・

時々、こういう話しを聞いておかないとすぐ意識がダウンしてしまうのが悪いクセ・・・なので、今日は地域の実態も垣間見えたし、それなりに有意義であった。

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2007年1月20日 (土)

魔方陣

魔方陣というのは、例えばタテ4マスヨコ4マスの桝目があったとして4×4=16の数字を桝目に順次埋めていって、タテ・ヨコ・ナナメの合計数が一致するような数字の配置をいう。

これをやって解かることは、ひとつでも数字の配置を間違うと、絶対にタテ・ヨコ・ナナメの合計数は一致しない。仮に16人でなにか始めるとして、16の役割分担を決める時、各人の配置をひとりでも本来の役割と違うポストにつけたとしたら、全体の完全なハーモニーは生まれない。

人体に例えると手は手の役割、足は足の役割があるということを魔方陣は教えてくれる。手がえらいのではない足がえらいのでもない・・・それぞれがそれぞれの役割を果たさないと完全な人体の機能が果たせなくなるということだ。

これを、64億の人体まで拡大して考えるとき、やはり一人でも違う桝目に配置してしまうと総合的な完成には至らない・・・逆にいうと、64億の人々それぞれが全て違う役割を担っているということ。ジグソーパズルのワンピースが欠けても完成しないのと同じだ・

そこに思いを馳せる時、自分なんか、とか自分くらいはなどと言ってはおれない・・・なにしろ一人欠けても総合的な完成には至らないのだから・・・誰がえらいのでもない、みんなが一人一人役割を負っている。カッコ良さそうなポジションとカッコ悪いポジションとどっちがいい?と聞かれたら当然カッコいいポジションに坐りたいよね。

それでみんながエゴむき出しでカッコいいとこを奪い合うようになっているのが、現在の地球人の姿だ・・・これを、各自が自分の坐る場所を認識してピタっと納まるべきところに納まったとしたら、その時が総合的完成のとき・・・ちなみにその坐る場所というのは決まっていて個人の意志では変えられない?

天命・運命の話しと同様、このへんの解釈は断定的に言えないが、なんか決まっていると考えたほうがスッキリするのだ。だけど、自分の役割というのがよく解からんという人が多いのも現実で、みんなそれを探しているんだよね。

こちらとて、同じ状況なのだ。

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2007年1月19日 (金)

食育のモデルショップ

理想的な食育の店ってどんな店?

生協の店でもなく、産直の店でもなく、自然食品店でもなく・・・・ようするに今までに無い店をつくりたい。そこに行けば、新鮮で安全なものが気軽に買えて、元気が出て、健康になって、幸せになる店。そこで、買うとその店につながっている良心的な生産者がうるおい元気が出る・・・お客も生産者もお店も田畑もトンボもかえるもみんな元気になる・・・その輪がドンドン広がり町全体が元気になる。

その渦を起こす源になる店。食育っていう狭い領域にとらわれず、集うみんなのイノチ輝く場・・・体の弱っている人よっといで、心の弱っている人よっといで、アトピーで、ガンで困っている人だれでもかれでもよっといで・・・

この店は遠くからモノを運ばない、その土地で生まれたものを基本に、クスリを使わない自然なものを扱い、この店で働く人は金の為に働かない、自分とみんなを幸せにするために働く人。本当の豊かさを知っている人、知らせる人でありたい。

ここにくれば、問題が片付く、ヒントが得られる、明るいあしたがやってくる。この店だけでは解決できない、だから食・健康・環境・心の専門家がこの店とつながっている・・・ポータルであり、百科辞典であるようなイメージ。

お客と生産者をつなぐ店・・・善良で良心的で本物のなかから、そのお客にピッタンコの商品をチョイスしてあげることのできる店・・・そのためには、膨大な商品のなかからいいモノを選び抜く眼力とお客さまひとりひとりのことをキチンと把握できるやさしい眼差しがないといけない。そうしてはじめてその人にとってのベストなマッチングが可能になる。だから猛烈に両者のことを知り尽くさねばならない。

つらつらと、書き連ねてきたけれど、これでもまだ理想とは言えないだろう。最初は稚拙でもいい、正直にやっていれば・・・一緒に理想の店をつくろうと、理想を求めて、やりつづければきっと役に立つ、なくてはならない店になっていく。そう信じて・・・昨日開設準備委員会みたいなものがやっとこスタートしたところ。

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2007年1月18日 (木)

サイババのメッセージ

自分が誰であるか?心ではない、肉体ではない、一時的に心と肉体をまとった永遠に存在しつづける霊である。

神への信仰を持って内なる自分を見つめ、そして神を知りたいといった強い熱望を持ちつづければ、自分が本当は誰であるかということを知り、そしてその本当の自分になれる。良心は永遠なる霊の反映したもの 良心に従うとき、考え・言葉そして行動は高潔で首尾一貫したものとなる。

霊的であるとは、あらゆる事柄に対して いついかなる時でも、自分の良心に従う勇気と決意を持つこと。そうすることによって 全て神とつながっていることが解かるようになる。我々は神の愛によってお互いに結び付けられている。

神への最高の礼拝は愛によってなされる。「全てを愛し 全てに奉仕せよ」

○神を信じなさい・・・何故ならば全ての人の中に唯一の神がいるから                           ○貧乏人・病人・困窮者に見返りや高名を期待することなく無私の奉仕をしなさい                      ○生活のなかに「真理・神の愛・正義・平安・非暴力」の価値を養い、皆の中にこれらの価値を奨励しなさい

エッセンスは大体以上である。この文は、実際にサイババにあって金の腕輪を物質化したうえで直接プレゼントされた青山圭秀さんの著書から引用させてもらった。

神の愛は見返りを求めない愛であり、無私の愛。これをどれだけ実践できるかが神との距離を近づける・・・サイババはそのモデルとして我々に見せてくれている・・・いきなりは難しいけれど、小さなことから、身近なことから、出来る事から実践するよう心がけていきたいものだ。

いわんや、この反対のようなことなど、決してしないように例え酔っ払ったとしても・・・懺悔、懺悔。

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2007年1月17日 (水)

食の陰陽

木花咲那姫(このはなさくやひめ)の神示より、「食の陰陽」について・・・

万物全て陰陽あり 陰陽ありて調和するなり                                             陰のみありても 陽のみありても成り立たず 二つで一つになる                                片方のみでは動き止まりて この世動かず 神は全てのものに陰陽与え 循環させられる                 陰陽の最も現われるもの 陰・女 陽・男なり それぞれが異なる役割もちて 二つで一つぞ                  全てが二つで一つなり

陰なるもの 植物・果実・穀物                                                      陽なるもの 肉類 肉は体に力を与えし 

肉体の陰なるものは 陽を食せよ 陽なるものは陰を多く食せば病癒さるる                        若き時は 陽の体質なるが多き 若き時こそ陰を食せよ                                 一般の常識の間違い そこにあり                                               年老いたからとて 陰のみの食事するなれば 力湧き出でず 弱るばかり                         活力不足し 老いもますのみ

中国医学にては 陰陽取り入れ役立てるなり されどいかに陰足りぬとて 陽足りぬとて 摂り過ぎるは毒なり 腐りとなり 体内汚して 病呼ぶらん

大切なりは 昔の教え守りて 腹八分、六分に留めることなり                                 さらに 食物に感謝なく食すれば かえりて毒となり 体穢さん                                 感謝捧げ 己にあう食材摂るがよけれ されど己にあう食材知るには、今の人間魂曇りゆけば そは困難        己を清め 高めゆくならば、自然に己にあいし食物口にするなり

以上です。

陰陽の理屈、 感謝して食べること、 食べ過ぎないこと、 その時々の自分の体にあったものを食べること、すべて納得なんだが、引っ掛かるのはやはり 陽=肉類 に関してのくだりである。

陰陽のバランスを取ることが、大切なのはよく解かるが、陽の代表選手としての肉類でバランスを取っていいものか?食べ過ぎなければよい?感謝して食べればよい?自分の体にあっていれば良い?

うーん、解からん。木花咲那姫の神示を信じなければいいじゃん!・・・であれば話しはカンタンなんだが、この神示なかなか、胸にささるメーセージ多いのよね・・・だから、うーんとなってしまったのだ。

やはり 一番ガチっと入っているのが、日月神示の「四足はダメ」なもんで・・・そことぶつかるのよね。

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2007年1月16日 (火)

いい出会い

人生のおおまかな流れは、あらかじめ決まっているのだという考えに同調しているので、会う人も丁度いい時期に出会うべくして出会うもんだと・・・そんなふうに思っていたら、

「古賀の食を考える会」に、来ましたよ、ニューフェースが・・・その女性は「オイルマッサージ」「ハーブ関連品の販売」を仕事にしてある。札幌出身で、今は九州に来て古賀の隣町に住んでいて・・・いままで「生ゴミリサイクルで野菜づくり」、足立育郎さんのところで波動のことを習い、オイルマッサージで母親のガンを治し他にも色々な経験を持つ強者なのだ。

話しを聞いていると、我々がこれからやりたいことをすでに経験済みの先輩であった・・・専門的な技術・理念・前向きな姿勢、苦労を乗り越えてきた芯の強さと優しさ・・・出会ったばっかりでちょっと誉めすぎとちゃうとつっこまれそうだが、オイルマッサージを受けに来るお客に対し「多くの人は病気を治してもらいたい、健康にしてもらいたいとやってくる、そういう人にまず聞くのが、健康になったら何したいって質問するの」・・・健康になるのが目的で、健康になったら何をするという目的を持った人が非常に少ない・・・

このセリフを聞いただけでもOKなのに、「病気は食の問題だけでは片付かない、心の問題のほうが重要だ」と・・・我が意を得たりというカンジ。おまけに名前が○穂子って来たので、やっぱ今年は米づくりやねっていうところまでいっちゃったよ。

日本人は、やっぱり米づくり・・・瑞穂の国の住人なんだから。友達も今年から始めるそうだし・・・。

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2007年1月15日 (月)

アーユルヴェーダ

アーユルヴェーダとは、「真理の全て」とでも言おうか、深いところは全く解かってないのだが、日月神示の世界に通じるところがあって、これを信じている古いインド人とならすぐにでも友達になれそう・・・

と、思ったのも、つい先日「自己称停止」のグループと一杯やったとき・・・というより、友達なんだけどいつもこの話になると必ずぶつかることが、「あんたは、自己称(おれ・私・僕など)を完全に止めきっていない、だから肝心のことが解かっていないんだ」・・・だから、逆にあなた達のほうがとらわれ過ぎている、だいいち「究極の解答」=これは名前のない、おっちゃんが言っており一応秘密の言葉なんだけど・・・

その解答に対して、こちらとしては、真理とか究極の解答なんてものは言葉では言い表せないと思うので、完璧に自己称を止めている3人に向って、おっちゃんの呪縛にからめとられてるのとちゃう?って言うものだから、3人から集中砲火を浴びるハメになるのだ。いじめられることは、最近マゾっ気がプチ入っているのでなんてことはないんだけれど・・・

そこで、ヴェーダだ。ヴェーダには開祖がいない、開祖や教祖より真理そのものが重要だというスタンスで、キリスト教のように「わたしによらずには、誰一人父の御下にはいけない」というイエスの御言葉によって、全世界をキリスト教に改宗しなければ真理に辿りつけないということになってしまうものとは根本的にちがう。

もともと「真理」というものはおっちゃんであれ、イエスであれ言葉で3次元仕様(オペレーションシステム)の人間に伝えることは無理だ。そして個々の宗教にスッポリ収まるようなチンケなもんじゃない。それを、おっちゃんが究極の解答を教えて、ウンそうだ!これが真理だと解釈してそれ以外の考えを排除するようなら、それは宗教だ、自己称教と言ったらいい。

もちろん、個々の宗教が真実を語っていないとは思わない・・・イエスが、エホバが、仏陀が言われていることは素晴らしいことがいっぱいだ。ただ、言葉の限界というか、言葉で表現したら受け取る側のレベル、器でしか汲取れない。

たとえば、イエスが自らを「わたしが真理である」という時のわたしは、イエス本人のことと受け取ると、イエス以外のことを信じている人達は真理を掴めないことになる。イエスがいう「わたし」は全体=神=普遍的なものである。だから、イエスも仏陀も日月もヴェーダも同じことを伝えている・・・表現方法が違うだけで・・・だから表現方法はひとつの個性なので自分の好みで選べば良い・・・自分の好きな宗教が最高で他は違うという話ではない。

おうおうにして、受け取ったアンポンチンが勝手に都合良く解釈して教義やらつくるからややこしくなる。したがってイエスも仏陀もダイスキだけど、宗教はキライだ。そこいくと、日月神示もヴェーダも教祖がいない、お金もいらん、一生楽しめる(だって、究極の答えを言葉としては教えていない)

ちょっと、今日のは自己称グループに対するウサ晴らし的なカンジになったけど、決してこのメンバーがキライなわけではなく、むしろ誘われたらホイホイでかけていく・・・ようするにこんな話しをウダウダするのがオモシロイのだ。

って自己称停止のことを知らないひとにとっては、なんのことやら・・・・。

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2007年1月14日 (日)

さすが、女性パワー

昨日は、「大地の会」というマクロビオティックの料理教室を核としたグループの新年会に呼ばれたのでノコノコと出かけてきた。

ここのリーダーは、数年前からマクロビ料理教室を始めてから、いわゆる「食育」問題に精力的に取り組んでいる。普段は控えめかつ、ニュートラルなかたで非常に好感が持てるが、イザなにかやる時は必ず目標どおりの結果を残す「心・言・行」の伴った女性である。

新年会ということで、各自の今年の抱負を語ったのだが、やはり出色の抱負はリーダーからのものであった。

年の始めにフっと脳裡に浮かんだらしい・・・「今年は10000人を集める食の祭典をしたい」ちょっと照れながら言ってたけど言うことが太い・・・男ならこういう発想は出てこない。なにしろこのグループより数倍デカイ団体「福岡の食育ネットワーク」のリーダーが、今年総力を挙げてビッグイベントをやるぞ!というのを、前々日の新年会で聞いてきたばっかりで・・・ほう、そうか大したもんだなーと思っていたのに、なんだかそちらがチッポケに感じてしまったのだ。

何度も言うけど雰囲気はとても控えめで謙虚なかたなんだよね・・・見るからにパワフルで男か女か解からんような女性が言ったなら素直には聞けなかったと思うけど、このかたが言うと肯定的に受けとめてしまう。

それにしても、なぜ10000人かというと、これくらい集めないとムーブメントは起こらないから・・・ということだけで、現状から積み上げてなんとか実現可能性があるから10000人ではない。こういう発想は男に多い、女性はシンプルだ、理屈抜きでスコーンと・・・

ちなみに当方の抱負は・・・TVゲームショップの軒先で「古賀の食を考える会」のアンテナショップ構想の実験として地元の有機野菜を売って感触を確かめて見たい・・・というものだ。ナンダこの違いは!○○タマぶらさげとんのか!と言われそうな・・・

つねづね、女性のパワーは凄いと知ってはいたが、恐れ入りました。

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2007年1月12日 (金)

ひょっとしたら

ずっと、引っ掛かっている日月神示の「神一厘の仕組み」の意味と言うのは、ひょっとしたら・・・

いままでは、その時が来ないと明らかにできない・・・つまりタイミングの問題。もしくは、今の言葉では言い表せないもの、だから心で受け止めろと・・・

でもそうじゃなく、明らかにしない理由は敵に知られるとまずいので隠しておかねばならないというのが、本当の理由じゃないかと、そう思えてきた。

敵というのは、言わずと知れた「イシヤ」のこと。言い方は色々あるけど・・・闇の支配層、シークレットガバメント、世界統一政府などなど・・・とにかくこの連中に奥の手を知られるとドンデン返しができなくなるから、その時が来るまで秘密にしておかなければならない。

と、ここまで書いてきたが、全然意味の中身に触れていなかった、単に隠す理由を述べたに過ぎない・・・けれど、今から友達が新年会の誘いにくるので、時間切れ・・・もっとも時間があっても中身については解ってないので 結局尻切れトンボで終わっちゃうか・・・。    

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2007年1月11日 (木)

人を呪わば穴二つ

「人を呪わば穴二つ」作用・反作用の法則のことを言ってるんですね。誰かに向って恨みを込めて「死ね」という念を発すると、ブーメランのように自分のところに戻ってきて自分も死ぬ・・・その人と自分の穴=棺桶が二つという意味。

自分の知り合いで、ガンで妹さんを亡くした人がいる。マクロビオティックの指導にもとづいて、それを信じて頑張ったけど不幸な結末に終わった・・・結果オーライだったらなんの問題もなかったけど、妹思いの兄貴としてはこの出来事を消化できずに、間違った方向へ導いた人を恨みに思っている。

知り合いとは言っても、一対一でゆっくり話し合ったこともない、お互い顔を知っているという程度なので、こちらから直接なにも伝えてはいない・・・ただ、今回のケースで考えさせられることがあったのは、冒頭の諺のこともあるが、今回の出来事を是非、霊的に解釈して欲しいということだ。

霊的に考えるという思考法に馴染みのない人に、こんなことを言うと怒りの火に油を注ぐことになるだろうが、相手も自分も赦して一日も早くラクになって欲しい・・・とはいっても、タイミングが来ないと解らんものは解らんで終わってしまうので、いつか二人でそういう機会が来ればきっちり思いを伝えたいと思う。

現実的にとらえた場合の今回の問題点は、マクロビオティック的なやり方で治りますよって言いきって、それを信じてそのとおりやったのに治らなかったということ・・・この一件以来、自分は食養だけではダメという考えがますます強くなった・・・「食」以前に心の問題を解決しないと、というか「食」と「心」を両面きちんとアドバイスできる人がいないと、一人で難しいならば、もう一人と連携して両面をカバーできる体制を取るようにしないと無理だと・・・・

それと、知識・経験だけでもダメかなー、死と隣り合わせの人にどれだけ向かい合うか・・・多くの相談者のうちの一人というとらえ方でなく、その人、一人とどれだけ肉迫できるか・・・

言うは易し、でもやるのはねー・・・実際、こちらはなんの経験も持ち合わせてないし、ただのつぶやきで終わらざるを得ないのが、チトくやしい。

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2007年1月10日 (水)

張り倒せ

出掛けに、チラっと藤原正彦さんがTVに出ていたのを見た。全部は見てないけれど、多分子供の教育に関しての質問に答えるかたちで、

中・高校生は別として初等教育の間(小学高6年間)は、「理屈抜きで悪いことをしたら張り倒せ!いちいち説明などする必要はない」と語っていた。自分の子供達もずいぶん張り倒してきたとのこと、そのかわりたまに本質的にいい事をしたときは、徹底的に誉めてあげた・・・たとえば、御年寄りに席をゆずってあげるとか・・・

きちんと誉めてあげれば、張り倒された痛みもいいかたちで心に染みていき、大人になってさまざまな試練に出会っても、誉められた記憶が力となって乗り越えていける・・・確かこんな話しだったと思う。

張り倒さねばならないことの第1は、卑怯なことをしたとき、第2は、思いやりのないことをしたとき・・・卑怯なことの最たるものは、弱い立場にいる人を、みんなで寄ってたかっていじめること・・・こんなとき大人は張り倒さねばならない・・・それに対して文句つける親がいたらついでに親も張り倒す必要がある。

藤原正彦氏の父親は「八甲田山 死の彷徨」の著者の新田次郎・・・若い時、この本にふれリーダーシップのあり方を学んだ記憶がある。藤原正彦氏の「国家の品格」は昨年読んだが、今日の語り口同様、非常に切れ味のいい日本男児として忘れかけていた魂にガツンと喝をいれられたような・・・

少子化も影響しているんだろうね、一人っ子を大事に大事に(大事の意味が違うっちゅうねん)甘やかして、結果ヒヨワな子をつくっちゃった・・・いっぺん谷底に落とさにゃイカンってば。

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2007年1月 9日 (火)

サルの成人式

昨日、友人が古賀市の成人式に参加しての感想・・・あれは、人間の成人式じゃない、サルの成人式だ。イヤ、猿以下かも知れないといって嘆いていた。

話しを聞くと、毎年TVで報道されているまんまのことを生で見ただけのこと・・・だけのことというのはこっちも既に感覚が麻痺している証しだが、キンキラ袴に茶髪にピアス、女の子は着物を着て煙草スパスパ、男はシャコタンの車で運動場をブローンブローーン・・・浮かれ騒ぎの乱暴狼藉・・・見なきゃ良かった、これじゃー日本もお終いだと・・・・

うーん、どうしてこうなったのか?自分は、以前知覧の特攻の基地を観に行ったとき、人生最大の大泣きをしたことがあるが、僅か7~80年前同じ日本人で同じ位の年頃の若者が日本国の為に自らの命を花と散らした・・・「天皇陛下、万歳」と日本国のために犠牲になってくれた、そのお陰で今日がある。

いつもいうことだけど、日本人がかつて持っていた精神性の高さに脅威を感じた闇の支配勢力によって、マスコミの情報操作がなされマインドコントロールされた結果、日本人から精神性の気高さを失わされた。彼らが作った虚構思想にかぶれた日教組及び配下の教員が連中に操られている自覚もなく、天皇を批判し間違った教育をしてきたのではないか?

天皇=日本人全体・・・なので、天皇を批判することは、自分も含めた日本人全体を批判することになる。中心を尊敬しないから、親を教師を尊敬しなくなる・・・天に唾したからこうなった。

サル以下の成人式の惨状だけでなく、今社会で問題となっている出来事の根っ子は、我善し・間違った自由、平等・・・その奥にある中心に対する崇敬の念の滅失があると思う。

だから、今の若者だけを批判しても始まらない、親および教師、社会の反映にすぎない。戦後、経済復興に邁進して世界有数の繁栄を手にしたものの、大事なものを置き忘れてきたツケが露呈してきた・・・因果応報ってことだよね。

じゃーどうするかってことだけど、独断と偏見を省みずに言わせてもらうと、やはり、タテに一本バシッと筋を通すこと。それには日本国の成り立ちにまで戻る必要がある・・・つまり由緒正しい神道の復活こそ急務ではないかと考える。

世界の雛型と言われる日本、かつてアインシュタイン博士も絶賛したという日本の文化、家族制度・・・失われたものをひとつひとつ紡いでいくしかない・・・それは我々一人一人の意識を中心に真っ直ぐス直に向けることからだと思う。

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2007年1月 8日 (月)

調和

設定はどうでもいいのだが、仮にあなたが誕生日だとして、お友達がお祝いをしてあげるから遊びにおいでと誘われた・・・予定通りの時間に友達の家に着いてテーブルに向うと「おめでとう、上等のステーキを奮発したわよ、さあ召し上がれ」

で、あなたは最近穀物菜食に切り替えていて肉類は一切絶っていたけれど、友達はそうとは知らず喜んでくれるものと思って用意してくれている。

ここで、「調和」という切り口を頭においてこの場をどう対応するか?                                ①折角、自分の為に用意してくれているので、肉食の是非はおいといて喜んでいただく                     ②丁寧に今の自分の考えを述べ、辞退する                                                   

こういう場面はけっこうあると思う・・・で、自分はいままで①を選んできたことが多かった。やはり折角時間もお金もかけてくれた友達の好意を拒否すると調和が崩れると思っていたから・・・

でも、本当は②のほうが正しいのだと思う。キチンと説明をするのは面倒だし、うまく説明できなくて憤慨させるかもしれないけど・・・で、さらに中矢伸一的に言うと、自分と友達という人間だけの調和を考えるだけではいけないと・・・牛の立場はどうなるのかと、人間同士はうまく調和がとれたとしても牛である自分は殺されてるんだゾと・・・人間だけじゃなく、牛まで含めて3者の調和が取れなくてはいけない。そこまでトータルで考えたうえで友達が納得いくような説明をしなければいけないと・・・

牛はすでに殺されてるし、いまさらなーという気もしないではないが、友達も納得すれば次回は肉はないだろう。そんな人がドンドン増えれば肉屋も肉は売れないし商売替えをするようになり、しまいには肉屋がなくなる。肉屋がなくなれば牛も殺されなくていいし、意志の弱い自分も肉を食べなくなる。

結局、調和ってことを考えようといっときながら、手前勝手な結論に持っていこうとしている自分は不調和なのかな?

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2007年1月 7日 (日)

日月神示的マクロビオティック

日月神示には、しばしばイシヤというのがでてくる。これはフリーメーソン=闇の支配勢力と解釈されていて、彼らは日本民族を世界最強の強敵とみなしており、そのため日本人を骨抜きにするため綿密な計画を立ててきた・・・3S(スクリーン・スポーツ・セックス)政策がその大きな柱だが、もうひとつ大事な作戦として「食」による「獣化計画」というのがある。

食の乱れが体を蝕み、さらに魂が穢れ霊性が落ちる。

アフリカやアジア諸国で飢餓に苦しむ人達を尻目に飽食・美食・食べ残しをやりっぱなしにやっているのが我が日本の姿・・・

日月神示では、「四つ足を食ってはならん。共食いとなるぞ。草木から動物生まれると申してあろう。臣民の食べ物は、五穀野菜の類であるぞ」

と、述べられておりこれが日本人の正しい食べ物である。五穀というのは、米・麦・粟・豆そして黍あるいは稗と言われている。おおまかに米と雑穀でOK、それに野菜と海藻。魚は丸ごと食べられる小魚くらいまでは、いいのかな・・・

日月神示に興味がない人でも、マクロビオティックをかじった人なら結論は同じところに行きつくのだが、食養としてとらえるか、霊的にとらえるかのちがいとともに、その背景にある大和魂をグチャグチャにしようというたくらみまで知ってしまったら、即刻肉食禁止しかない・・・じゃないと獣になっちまう。

ああ、それなのにいまだに完璧には肉食を止めきらない・・・なんちゃってな自分、意志の弱い自分、周りに合わせてしまう自分・・・本気度がまだまだじゃーーー!。

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2007年1月 6日 (土)

どっちでもいいやん

最近、ちょっと気持ちが楽チンなのは、どっちにころんでもOKという気持ちになれているからだと思う。

例えば、今年の初売りは大ゴケだった。今までだと、「やばい、支払いできねーよ」「アチャー、これからどうなるんだよー」などと、へこむところだが、今は「もっと苦労しろってことやね、それが自分にとって必要なコトなんやね」「TVゲームショップに早く見切りをつけろってことか?」などと、それはそれでいい方に解釈できるので、数字が良かろうが悪かろうが、どっちにころんでもOKなのだ。もちろん良いに越したことはないんだけど・・・

思い通りに行かないのは当たり前のことで、スイスイ楽チン人生で一生終わったら折角この世に学びに来たのに学べるチャンスが少ないわけで、そんな効率の悪いシナリオを自ら描くわけない。だから、なるべく多く学べるように落とし穴も掘り、壁にもぶつかるよういろんな山あり谷ありの仕掛けをつくっているわけだ。

そう、自分で描いたシナリオどおり生きている・・・なのに、それに文句を言っても始まらない。こういう考え方が正しいかどうかは解らない、だけど楽チンになることは間違いない。

ただ同じような状況が長く続く場合は、そのステ-ジでの正解を得ていないわけなので、視点を変えて問題を解かねばならない、解くかない限り次のステージには行けない。

どっちにころんでも、早くクリアしても時間かかっても、この世に学びに来ているという目的には合致しているので悩むことはない・・・自分で仕掛けた本当の問いの意味を掴むことがクリアのコツかな?

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2007年1月 5日 (金)

忘己利他

もう懲りた、じゃなく忘己利他(もうこりた)。伝教大師の言葉を今朝の番組で瀬戸内寂聴が色紙にしたためていた。

自分のことは忘れて、他を利する・・・なんかちょっと、無理を感じるけど寂聴くらいになると自然体でできるのかな?こちらとしては、「己を活かし 他人も活かすのが天の道」のほうが無理がない。もっとも自己の究極は自他一体の世界なので自分も他人もないといえばない・・・だから、どっちでもいいのかも。

まーそれはおいといて、寂聴さんの話を聞いていると「なんて素直な方なんだろう」っていうかウソのない生きかたをされてきたんだなー・・・そのとき、そのときの自分にウソをつかずに一途にやってこられたというのがよく解る。

2?才のとき、夫と娘を残し家を飛び出したこと、51才のとき出家したこと・・・あのときは正気じゃなかった、だから出来た。いろいろな悩み多き人の相談を受けてしんどくないか?「もう正直メンドくさいわ」ってなぐあいで、思ったまんま表現し、しかしあらゆる人の悩みを受け入れて元気にしてあげている。

なんか頭で考えて話しているというより、天からのことばのメッセンジャーみたいなカンジでパッパっと・・・その時は己を忘れているんだろうな。先日の日野原さんといい寂聴さんといいス直に生きている人は若くて元気がいい。

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2007年1月 4日 (木)

神の激励

日月神示より、

因縁ある身魂が集まってきて 人のようせん辛抱して 世界の立替立て直しのご用致すのであるから 浮いた心で参りてきても御役に立たん、邪魔ばかりじゃ。                                     因縁の身魂はどんなに苦しくても 心は春。因縁の身魂はどうしても改心せねばならんのざから 早う改心せよ 人のミタマによって 役目違う 手は手、足は足 なにもかもマゼコゼにやるから結びつかんのじゃ

生めば生むほど、自ら新しくなり、大きくなる                                              行き詰まりがありがたいのじゃ 進んでいるからこそ 行き当たり行き詰まるのじゃ 省るとき与えられる さとりのとき与えられる

生むと申すことは、自らをよりよく生長さすこと。 ひとつ生めば 自らは一段と上に昇る。産むことによって平面から立体になるのである。自らが生んだもの、自ら涌き出るものは、いくら与えてもなくならんぞ 与えよ、与えよ、与えてなくなるものは、自己のものではない。

信じあう一人ができたら ひとつの世界を得たこと。

という、神からの激励である。浮いた心できても役立たず、邪魔やから来るなってキビしいお言葉もあるけど、そんなこと言わんでかててーっとお願いしよう。早く改心するから・・・。

役目は自分では決められないけど、どんな役でもいいからかてて・・・ねっお願い。

ちなみに、参加資格は、

そなたが神つかめば、神はそなたを抱くぞ。神に抱かれたそなたは、平面から立体のそなたになるぞ。そなたが有限から無限になるぞ。神人になるのじゃ、永遠の自己になる。他の為に行ぜよ 自己以外の為に まず行ぜよ。奉仕せよ。

とある・・・これは解りやすいよね。神人になるのはメチャクチャ難しいけど、他のために行ずることはできないことはない・・・それをずっとつづけてさえいれば、そこに近づくし参加もできる。一足飛びは無理でも一歩一歩ならできる。

つづけて、

一人一人は力弱くても ひとつに和してくだされよ 二人寄れば何倍か 三人寄れば何十倍もの光でるぞ それが天国のまことのやりかた。

ということで、一人一人因縁のある身魂は神からも激励されながら、それぞれも励ましあいながら大転換の時代に生まれたことに感謝して偉業にチャレンジしましょうねっ! 

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2007年1月 3日 (水)

正しい生き方

船井幸雄がいうところの、正しい生き方・・・

①世のため、人のためになることをし、ならないことをしない                                   ②他者を脅す、心配させる、不安がらせるのではなく、安心させ、希望を持たせる                        ③こだわらず、差別せず、執着せず、心配せず、気にせず、あるがまま成るがまま生きる                     ④地位、身分、比較、競争、嫉妬と無縁になる                                          ⑤単純、共生、調和、自由に生き、長所を活かして生きる                                    ⑥本物とつきあい、本物の人間を目指す

彼が言う本物とは、蘇生化させるもの・安心安全で害を与えないもの・経済的効率的なもの・今後の決め手になるもの・・・本物の人間はそれらを生み出す人ということになる。

ついでに船井幸雄おすすめの本物及び本物の人として、

ディクシャー(カルキ・バガヴァン)、マイナス水素イオン(及川胤昭)、グラハム・ハンコックの研究・ゼロウエーブ理論(テレンス・マッケナ)・ルーツファインダー(神坂新太郎)・超ミネラル水(野島尚武)HADO SCAN(江本勝)等をあげている。

他にもEMの比嘉氏や本物研究所の今尾氏にも注目しているとのことだが、過去に船井氏おすすめの技術・人で倒産した人もいるので、うのみにしないほうがいいと思うけど、おおむね納得がいっている。

当方が考える正しい生き方の根本は、根源に対して素直に生きる(創造主のモノサシに沿って)こと・・・あとはそのあらわれにすぎない。

強く意識していないと、すぐ正しくない方向に流される・・・いっぱい流されてきたよなー。

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2007年1月 2日 (火)

恐るべし95才&100才

朝、仕事の出掛けにTVを見ていたら、しいのみ学園・曻地(しょうち)園長(100才)と、聖路加病院・日野原理事長の対談があっていた。

お二人とも、現役でバリバリ仕事をしておられ、身のこなしも語り口もとても95や100才とは思えない。なんでそんなに元気なのかと問われて、夢も持つこと、大きなテーマに取り組むことと言ってあった。

お二人から見たら団塊世代などションベン小僧くらいのもので、これでリタイアじゃなく、これから新しいことに取り組むべきだと・・・曻地園長は、ちょっと前から中国語の勉強を始めたり、日野原理事長は新老人対象の新規事業を始めるなど、常に前向きだ。 曻地園長曰く「99才までは、助走。100才が本番」だって。ブッタまげるよね・・・

毎日の生活は、普通の老人とはまったく違っていて通常の仕事以外にマスコミ取材・講演活動・著作etcとボケるヒナがない・・・意外だったのは、食事内容で牛乳は飲むは、動物性もOKでマクロビオティックなど、どこ吹く風といったカンジ・・・こういう方を見ていると、こまごました食事法なんてどうでもいいとは言わないが、それより「氣」とか、「理念」「使命感」さえしっかりと持っていれば、病気なんか寄せつけない生き方が出来るのかなと思えてくる。

人は夢をなくした時から老いが始まるのか・・・このお二人に老いはない。正月草々なんかハッパをかけられたようで・・・。

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2007年1月 1日 (月)

2007年の幕開け

今年は重要な年になりそうな予感がする。

団塊世代のいわゆる2007年問題とかいうのではなく、もっと深いところでのターニングポイントになりそうな・・・気づく、気づかぬは別として。西洋の時代から東洋の時代へというのももっと顕在化しそうだし、物質優先へと振れすぎた振り子が、精神性を取り戻し、時間の加速化とともに「なにか、ヘンだぞ、このままでいいのか?」と感じる人の割合が増加しそうな・・・

とはいっても、表面的には大きな変化はみられないのかもしれない。ノアの箱舟のときも散々警告はあってたのに、殆どの人は従来通り享楽にふけっていたのだから・・・・こういうことは臨界点に達したら一気にドーンと変わるものだからと理解している。

精神論じゃなく、クールにみてもこのまま持続できるわけがないと見るのが順当だろう。それに対してただ、傍観者を決め込むか、自分なりに出来ることに着手して皆と手を携えて変えて行こうという立場を取るか・・・後者を選ぶ人が増えれば持続可能って言うだけの話。

選択するのは自分、自由に選択できる。

年も改まったし、気合を入れて今年一年、一歩一歩前進あるのみ。

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2006年12月31日 (日)

愛の実践とエゴの撲滅

今日で、2006年も終わり・・・ちっとは進化できたのかなー?スカっと視界が開けて欲しいのだが、まだ曇りガラス越しに見ているような、でも2007年の方向性は、「愛の実践とエゴの撲滅」これで決まり!

といってもたった今、浮かんだだけで相も変わらず軽いなーとは思いつつ、今日は明日からの初売りの準備もあるし、大掃除もまだしてないしメチャ忙しい日なのでじっくり考えているヒマはなし・・・「マっいいか」

愛の実践といえば、なんか固いけど、「思いやり」「分かち合い」困った人を見かけたら出来る範囲で手助けしようってことくらいだし、エゴの撲滅と言ったって生きている限り全部無くすことは出来ないことも解ったうえで、極力小さなエゴ=我を大きな我に昇華させるよう努力するのみ・・・

ある人のサイトで、人が生きる目的は、「自他共に喜べるような善きことをする為にこの世に生まれて来た」って書かれていた・・・凄くシンプルでピタっと来たので、ヨシこれで行こう!ってなった。

さて、それではサクサク仕事にとりかかろっかな。

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2006年12月30日 (土)

半歩先

何事も、半歩先くらいがちょうどいいのかな?一歩先だと孤独な歩みになって楽しくないし、現実真っ只中だと新しい景色が見えないので・・・次元的にいうと3.5次元てとこかな。

ひとそれぞれすわり心地のよいポジションというのがあって、自然と自分にあうところに座ってる。でも感じる心地よさっていうのは、意識とともに変化する・・・昔中洲で飲み歩いていた時はお姉ちゃんのオシリ触って喜んでたし、地位・名誉・お金を追っかけていたこともあったし・・・

精神世界が好きっていっても、一足飛びに五次元に行けるわけでもないし今立っている場所から半歩先くらいが自分にとっては無理がない。といっても表現的にはちょっとちがうのかな?先というと直線的に前に進むというカンジがあるけど、そうではなくもっと奥へというカンジかな・・・

時空を超えたところに瞬間移動できるというのもステキな話だとは思うが、地球の次元上昇と共にというのが自分のスタンス・・・来年地球は次元上昇という説もあるので、今3.5くらいの意識を持ってないとついていけないなという想いもある。

書きながら、なにを言いたいんだか解らんことなってしまった・・・でも年末の繁忙期だし、整理はだれかにしてもらうってことにして・・・商売、商売。

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2006年12月29日 (金)

一筋の光

今年もあと僅かで暮れていく・・・時間は終焉に向って加速化しているせいか、ことのほか一年が短く感じる。性格的にキョロキョロするタイプなので、今年も中途半端に終わったことがもろもろあり、「集中」ということばの大切さが身にしみる・・・

中途半端そのⅠ・・・マクロビオティック指導者講座に参加するも、後半になり失速、また来年やり直し       中途半端その2・・・発明起業塾で決めた「雑穀ビジネス」に集中しようと取りかかったが、古賀市の食育アンテナショップ構想にシフトしてしまい、集中→拡散の方向へ                                         中途半端その3・・・野菜づくりをこちあか農園で始めようとしたが、継続できずひとまかせ状態                  中途半端その4・・・自然食品店の経営を委ねられたが、表面をちょっと触っただけで中に入り込んでの取り組みがまるで出来なかった。                                                      中途半端その5・・・動物性の食べ物をさらに減らそうと思ったが、進化なし

アゴだけで実践が弱いということも含め、反省点は多々あるが、自分にあっていると思ってほぼ毎日やっている「ひふみ祝詞」の奏上、「日拝」、「爪もみ」、時々やる「真向法」、それに3ヶ月くらい前に始めた「両手振り運動」は、それ以来ずっと続けている。これらは、来年も継続だ。

なによりうれしいのは、つい最近精神世界系のお友達ができたこと・・・この出会いが、メインテーマであるアセンションへの旅路を楽しいものにさせてくれる一筋の光のごとく感じる今日この頃なのだ。

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2006年12月28日 (木)

光の子

誰かの受け売りだけど、新しい時代になると・・・

①人の心の状態が相手に筒抜けになる・・・そういう状態にあっても無理なく生きられ、そういう状態こそ素晴らしいと思える人が新次元へとレベルアップする。                                           ②所有の概念がなくなる・・・モノ・金・地位・名誉などすべては借り物(役割)だという認識が必要となる。         ③人類は、この先「光の子」と「獣」にわかれる。人類の二極分化・・・いまならまだ新時代行きの列車に間に合う。切符の買い方を知り、実際に買うこと。                                             ④光の子は1割もしくは1%                                                       ⑤悪想念を出さないよう、悪いことを「見ざる」「言わざる」「聞かざる」が大切=身(行動)口(言葉)意(想念)

光の子になれない人は、

①人生は一回限り・・・だから好きなことをやって楽しんで死ななきゃ損という考え方で生きている             ②霊界や異次元などの神秘的な世界を認めず、科学ですべてが解決できると考えている人、死後の世界を信じることが出来ないので死ぬことを非常に恐れる。                                        ③お金や権力、名誉などに対する執着心が強い人                                    ④何事に対しても感謝の気持ちが少なくいつも不平不満を口にし、他人や世の中の悪口ばかり言っている人         ⑤自分の健康状態を異常に気にし、すぐに病院や薬を頼りにする人                              ⑥習慣的に肉食をしている人

さて、どうかしら 光の子になれるかなー?酒を飲みすぎる人っていうのがなかったので一安心だけど、③の世の中に対しブーたれることはけっこうやってそうだし、他人にカミついたりもするんで、まだまだやね・・・でも身の回りの人達はけっこうOKの人が多いように思う。

ひとりだけ置いてけぼりもイヤなので、心・言・行の一致に留意して新しい年を迎えるとしよう。

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2006年12月27日 (水)

心の駅

♪どうせー力のないのならー酒の力を借りるのもいいさー、こうして今夜も心の駅で飲んだくれーてるー・・・缶詰バー「心の駅」というところで夜な夜な飲んだくれているのだが、フト思った・・・

この店には、いろいろなお客がやってくる。霊能者、市会議員、板前、お百姓さん、あやしいブローカー、スナックのママさんなどなど・・・マスターは自分のことを駅長と呼んでいて、この男の趣味は「会議」。最近、我々のグループに参加したので合計23のグループに関わっていて、そのため店の営業時間が22:00~4:00という設定になっている。

本人は色々な人の話を聴くのが好きで、色々な人同士のしゃべり場になってくれればいいという考えで店を始めた・・・名前が「心の駅」なんで大体察しがつくと思うけど、それぞれの心と心が出会う空間ともいえる。先日ここで、酔っ払って「哀愁列車」なんぞガナったっけ。

そんなわけで、食べるものは体に悪そうな缶詰しかないのに妙に気に入ってしまってるもので、こんなのが全国にあって、東北新幹線「心の岩手駅」みたいなカンジでアチコチにあるとステキだなーと思ったりした・・・

さらに妄想は膨らみ、バーチャルな心の駅だったら、お金なくてもできるやん・・・インターネット上にアチコチ「心の駅」をつくり、やりたい人がそれぞれ「駅長」になって、それが全国つながっていて、今日はこの駅行ってみたいなー、明日はあの駅が・・・みたいにその駅に行ったら、その地域のその駅長と心の栄養になるものが交流できる・・・そんなのがあったらオモシロイとちゃうか?

「それが、どうした」で片付けられるかも知らないけど、ふっと浮かんだもので勝手にたれながしてしまいました。

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2006年12月26日 (火)

一厘の仕組み

最近は過去に何を書いたか忘れていて、ひょっとしたら「一厘の仕組み」のこともダブッてるかも知れない・・・日月神示関連の本は十数冊読んでいるにも拘わらず、何回読んでも解らないのが、この「一厘の仕組み」なのだ。といっても解らないことを恥じているわけではない・・・なぜなら、このことが解っているのは元の元の神のみで、その他大勢の神様だって解らないシロモノだから。

ある人の解釈によると、

数年後に三千年一切の悪魔、悪神の教えに終止符がうたれる。今の我善しの考え、自己中心の心、理屈人間、科学中心の心、総ての総て元神中心の神の智と愛に替えなければ新しいミロクの世の衣は着られない。人間中心 己中心の世は終わる

○九十の神中心 大立て替え、大立て直し これまでの輪廻転生とはちがう、再び輪廻はない あと数年で審判はくだる、一刻も早く目覚め、○九十の神人に開真 他人の批判ばかりは、今から慎むこと。人が人を裁くことが世紀末を招いた。理屈も石屋の教え、いまフリーメーソンの手先を知らず知らずしている。

と、一厘の仕組み=究極の仕組みというイメージは湧く・・・だけど中身のことはやっぱり解らない。中矢伸一さんも、

神一厘の仕組みとは、76音声(言霊)をもってして発動するところの、大神力なのだ。だが、実際にどんな秘策が行われるかは、ギリギリの段階になった時点で、身魂の磨けた者のみに直接知らされるのであろう・・・

と言っている。

神示では、「一厘のことは言わねばならず言うてはならず、心と心で知らせたいなれど、心でとりてくだされよ、よく神示読んでさとりてくれよ、神たのむのざぞ」

時期到来のタイミングで、こちらの身魂が磨けていればその時にこそ解るということのようだ。せいぜい魂の洗濯にいそしむべしってことなんだよね。

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2006年12月25日 (月)

はりつけ

クリスマスなので、キリストがらみでアセンションを考えてみよう。昨日はイヴだったので、サンタさんになりすまして孫娘にDSの「おしゃれ魔女・ラブ&ベリー」をプレゼントした・・・カードに書いてあった文字が「じいじ」の字に似てるねって言ってたが、こちらに「ありがとう」のコトバがなかったところをみると、サンタの存在を信じているのだろう・・・

さて、キリストのことだが、エハン・デラヴィによると、キリストは「はりつけ」の刑を受けた後復活し、天に上昇した。つまりアセンションした・・・しかし逆にいうと、はりつけという儀式がなければアセンションもなかった。

アセンションと「はりつけ」はセットになっている。

現在の世界で、この「はりつけ」を象徴する問題は限りなくある・・・生命体の絶滅現象・異常気象・天変地異・政治経済システムの崩壊・テロetc・・・地球規模の「はりつけ」から、我々個々の肉体の「はりつけ」に目を転じてみれば、科学や医療の進歩にもかかわらず病人が増える一方の現実、ガン患者は増えつづけ、出生率は減り続ける・・・そして現代人、特に大都会に住む最大の病は、うつ病や神経症だと言われている。

人類は、今まさに本格的な陣痛を迎えこれから新たに変容を経て生まれる寸前にある・・・2012年まで徹底的にさらなる陣痛=「はりつけ」を経験するであろう。

と、このように述べている。

「はりつけ」の後にアセンションが待っている・・・だれでも「はりつけ」はごめんこうむりたいものだが、ワンセットになっているなら仕方ない。キリストが模範を示してくれたように、それぞれが、それぞれの「はりつけ」を通過儀礼として受けるしかないのだろう。

今、現在最も過酷で悲惨な目にあっている人達が最もキリストに近い人達なんだろうね。

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2006年12月24日 (日)

どぶろく

どぶろくづくりは、失敗だった。教えられたとおり毎日一回掻き混ぜてオマケに「おいしくなあれ」と声も毎回かけて、やっとできあがり!と思いきや、お世辞にもオイシイとは言えないシロモノで、できあがりを楽しみにしていた友達にもがっかりさせた。

なにが原因か解らないけど、とにかく酸味が強すぎ酸っぱいけどオイシイというのとは違う・・・要するにマズイのだ。けれど、このマズイどぶろくをつくるには、それなりの手間がかかった・・・我が家には漉すための「さらし」がなかったので、最初茶漉しでやったけど、これはあきらかにミスチョイス。それで近くでさらしをうっているところをなんとか見つけ、やっとさらしで漉すことができたものの、狭い台所で散らかしつつやっていたら、案の定妻の罵声がとんできて、それにもメゲズ黙々と漉し続けても要領が悪いせいか早やくも出勤時間がやってきてできたのは5合くらい・・・

その挙句がこの味だ・・・先生のところでは、そうとも知らず6升ものどぶろくをアッという間に飲み干して(もちろん皆での話)しまい、それだけのものを用意するのにかかった手間のことなど全然意に介してなかったよな・・・と、そういう意味ではこの経験は良かった。これからは、もっと感謝して味わって飲めそうだ。

今度、先生に会ったら失敗の原因を尋ねてみよう。いずれにしても原因があっての結果だ・・・次回はおいしいどぶろくがつくれるように。

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2006年12月23日 (土)

日月神示より・・・

自己は自己ひとりでなく、タテにもヨコにも無限につながっているのであるから、その調和をはからねばならん。公のことに働くことが己のために働くこと。大の動き為すために小の動きを為し、小の動き為すために個の動き為すのであるぞ。

孤独、不運は孤独から・・・

友をつくれ、友をつくることは己をつくること。                                          一人では、マコトの道を生きては行かれんぞ。友は人だけではない 山も川も 動物も植物も 大地も大空も 皆友 皆己 皆々己となれば 己なくなるぞ 己なくなれば 永遠に生命する無限の己となる

自己と自己を和合せよ

肉体の自己と魂の自己との和合できたら もう一段奥の魂と和合せよ 自然ことごとく自己 その自己できたら天を自己とせよ 天を自己にするには、ムにすることぞ。ゼロに化すことぞ。霊界と現界と組みて新しき限界とすること 人は横の自己 神は縦の自己

自己を見極めねばならん。一切を受け入れ一切に向って感謝しなければならん。己を生かすために他を殺すのもいかん 己殺して他を生かすのもいかん 大の虫を生かすために 小の虫を殺すことはやむをえん・・・それもいかん 総てを殺さずに皆が栄える道がある。

・・・うーん、総てを殺さずに皆が栄える道かー、最近はごきぶりを殺すのもチョット抵抗を感じるようになったが(といっても、やっぱり殺してるけど)、ごきぶりと共に栄える道・・・難しいなー、こんな時友がいて一緒に考えてくれるといいよね。

類友、類魂・・・少しずつつながりが持てだしたような・・・。

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2006年12月22日 (金)

6年計画

今日から、6年後に巷で囁かれているXdayがやってくる・・・なので、今日を6年計画のスタートの日に設定した。

究極の目標は、「マスターの教え」によると他言無用なので公開しないけど、これからの生きかたとしては、

①次元上昇を果たす                                                        ②清富を求める                                                            ③大欲に生きる                                                            ④社会起業家として活動する                                                      ⑤ミロクの世を目指す                                                             

ちょっと、言うには気恥ずかしい面もあるが、自分に気合を入れる意味で公言してみた。

日常、昨日のDS騒動(なんとか解決のメドがつき穂っ)やら、酔っ払い事件、暴言などなど上記生き方とはホド遠い出来事の連続なので退屈の2文字だけはmy辞書にはない・・・・来年こそは、もとい今日からはあまりにも次元の低いことからはオサラバし、一歩でも肉迫できるよう日々意識して行こう!

ハトホルという地球外生命体が考えるアセンションとは、

すべてのレベルにおける覚醒と自己統御を達成するプロセスであり、自分という存在の全体を上昇させる必要がある。アセンションゴールとは、日常を出来る限り豊かに精一杯生き、常に自分を愛と気づきという偉大な力に委ねて生きることに他ならない。存分に生き、日々どんな場においても最高次の可能性を生み出すように努めるなら、私達の文化・種族・共同体・文明全体が高められる・・・私達が現在の次元に留まるかどうかは問題ではない。なぜなら、無限の大宇宙を生きる私達は全員いずれアセンションすることになるから・・・

つまり、アセンションすることが目的ではなく、日々精一杯自己という全存在を上昇させるべく生ききったらあとは、オマカセの世界であり結果の世界であるという・・・

また、森田峯生さんが言うように、「普段意識的に心がけないと身につかない」

大多数の人は、理屈は解っていても精神状態がなっていないので、意図する意識状態の継続や無意識状態が断続して出現する混在の状態にあらわれてくる。その場の事象に対処するための時間を費やしながら幸運を引き寄せることなく日常生活が過ぎていく。

念仏のように唱えるだけでなく、ハッキリと意識しないと身につかないということだろうか・・・女性は理屈抜きでスパーンと身につく人もいるようだが、こちらは意識の積み重ねで肉迫するしかない・・・自分にあったやりかたでいいと思う。

ここで、だれかが言ったことば・・・死んだときに悟ればよい。死ぬまではいろいろ悩むがよい、それが生きるということ。

今の自分にとっては、一番なぐさめになる。

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2006年12月21日 (木)

今、ここ

確か、縄 文人さんのメッセージだったと思うが、「今、この瞬間が最善」というのがあった。それは、

あなたにとって、最も深い意味においても、今より良いところが在るとするならあなたは今そこにいるでしょう。あなたの今いるべき場所は常にそこであり他のどんな場所でもない。今いるあなたの場所が、あなたにとって意識の進化のために最善の状態なのです。今ある状態が、あなたのハイヤーセルフがあなたのためにしつらえた最高の学びのステージと考えること・・・

「こんな状態に耐えられない、もっとふさわしい場所があるはずだ」と思っているとしたら、だからこそ、そこがあなたにとってクリヤーすべき課題だといえる。真に「今、ここ」が自分にとって最高の場所であると思えた時、次なるステージがあなたの前に現れる。そのとき、あなたはそこに留まりつづけることはできない。満足しきったあなたは更なる夢を描き飛翔するでしょう。それこそが、あなたの人生の輝きです。

あなたが望む現実を生み出すには、ひとつだけ条件がある。それはあなたの意識に欠落感がないという条件、あなたの心が満ち足りている時、あなたに不可能はない。

というメッセージだ。

「今、ここ」というのは、以前にも書いたような気がするけど、時々思い出したように書きたくなるのは、ついついこのことを忘れてしまい混迷の渕にはまり込んだりしてしまうから・・・

今日も、ブログを書きかけようとしたとき、「予約していたニンテンドーDS、もらいにきたんですけどー」・・・エーそんなーモノがない・・・どうしてこうなったの?頭はパニック状態「すっすみません、なんかの手違いで・・・なんとかしてこちらからお届けしますんで」といって急場をしのぎつつ、他の予約者と調整を図ったり、他店に買いに走ったりしたけれど・・・・ナイ、どこにもない。・・・・とりあえず、お詫びの電話をしといて時間を稼ごうとしたところ、先方から電話、「どうなってるの!とにかくなんとかしなさいよ!」と怒られ、最後の作戦は今日回ったうちの一軒が、明朝抽選で売り出すっていうので、朝早く並んでどうにかゲットするか、もうひとつ奥の手にかけるか?いずれにしても確実な返事ができないので、ガンガン怒られっぱなし・・・

たとえば、こんな 「今、ここ」でも最高と素直に思えるか?思えるといえば思える・・・というか、朝飯前で思えないと・・・もっと、根本的なところでも「迷」の種はいっぱいあることだし・・・。

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2006年12月20日 (水)

若年性アルツハイマー

昨日、アルコール性痴呆症のことを書いたと思ったら、今朝でがけにNHKの生活ホットモーニングで若年性アルツハイマーのことをとりあげていた。

見たところ同年輩くらいの夫婦だったが、6年前に奥さんが発症、旦那さんが介護にあたることになるのだが、それからの悪戦苦闘ぶりを日記に綴ったり、映像にもおさめていたものをコメントをはさみながら追っている・・・4年目くらいまでは、奥さんより旦那さんがまいってしまって発作的に大量の睡眠薬を飲んでしまうことになって、悲惨な状況にあった・・・ところが、あるとき転機が訪れ今では、夫婦ともども笑顔が絶えない本当に見ていて幸せそうなステキな二人がそこにいる。

自らは体験も無く、周囲にもそうした知り合いもいないので、普通報じられているような悲劇的なイメージしか持ち合わせていなかったが、こういう、なんていうかアルツハイマー怖くないぞ・・・いや、やっぱり怖いけど見事に克服する人もいるんだなーって、ちょっと感動ものでした。

旦那さんが言っていた言葉で、「自分がつらくて、追い詰められている気持ちでいると、公恵(奥さん)も不安になっているのがよく解る」なにもかも一人でなんとかしようともがいていた時は、二人とも笑顔なんてすっかり消えていた・・・それから、子育てサークルに参加したり、昔アルバイトをしていた自然食レストランを訪ねたり、外とのふれあいを持つようになって、旦那さん自身も少し余裕を持てるようになってから、急速に好転しだした。

コメンテーターが、「良かったですね、今も言葉のやり取りにおいては健康な時と比べようがないほどコミュニケーションしづらいだろうけど、奥さんの言葉以外の表情、目、しぐさすべてがコトバなんですよね、ご主人、それが今では病気以前よりずっと解るようになっている、ほんとうのコミュニケーションが出来ていますよね」って・・・

涙もろいんで、ここで朝っぱらから泣いてしまった。我々夫婦は二人ともチャントしゃべれる・・・が、お互いほんとうに相手の言いたいなにが解っているのかと・・・チャント言葉だけじゃなくすべてを見ないと、声無き声をちゃんと聞かないと・・・。

それにしても笑顔のステキな夫婦だったよね。

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2006年12月19日 (火)

アル中ハイマー

昨日は、嘔吐下痢の繰り返しで2006年ワースト3に入るくらいキツい一日だった。あいにく月・火は相棒もいない一人の日だったので余計つらかった・・・自業自得なので誰に文句があるわけではない・・・どころか、当日同席していた友達が来て、その日の出来事を聞かされた時点で「それを、言っちゃーオシマイよ」的な発言を某先輩に連発していたとのこと・・・ヒラにヒラにお許し下さい、あーまたやっちゃった・・・自己嫌悪の世界にまっさかさま。

それにしても、病状は確実に進行している。以前は、飲みすぎて記憶がトブといっても、ところどころ強烈な部分くらいは記憶が残っていたりしたのだが、今回は二軒目にどこにいったか、誰と行ったか、なにを話したか、いつ頃どのようにして帰ったか・・・そのすべてがスッポリ消えてしまっていくら思い出そうとしてもダメなのだ。

ことここに至ると、流石に頭をポリポリかくだけではイケナイ・・・飲むのを止めるか(それはムリ)、酒に飲まれないようにするかしないとシャレにならない事態を招く恐れ大なわけで、対策としては、

飲むときは、ダラッと飲み始めるのではなく、「今日も楽しく、イイ感じで飲むぞ、絶対に酒に飲まれないぞ!」と意図を明確にして、かつ今までは野放図にとめどなく飲んでいたのを、飲むたびに何杯飲んだか確認をいれる事にする。

これでもダメな状態が続いてレッドカード状態になったときは、まず一ヶ月間の禁酒を自分に与えることにする。

とりあ